日曜日の朝

誤字も脱字も生きていればこそ。役に立つことは書けません。

7月25日~7月31日 夫は不平等派、私は平等派

■7月25日日曜
起きたら副反応は完全に終わっていた。腕がどこまでも回るし上がる。嬉しい。
最近アニメブリーチを見ている。破面編の途中から。今見てもおもしろいしかっこいい、いけてる作品。主題歌がシドになった瞬間「マオにゃん」というワードが出てきて今日も脳のシナプスはばっちりつながっている。
涅マユリといういかれた科学者と、ザエルアポロ・グランツといういかれた科学者が好きなのだけど、当時ブリーチ以上にはまっていた漫画でもやはりいかれた科学者を好きになっており、ほとんど呪いだと思う。なおブリーチじゃない方のいかれた科学者はブリーチの科学者に比べて人がいい。この人が敵を殺しているのは作中にはなかったはず、非戦闘員だった。人造人間のようなものはつくっていて、日夜それに命を狙われてはいる。
どうしていかれてるキャラクターばかりを好きになってしまうんだろうな。シンプルにかっこいいキャラももちろん好きなんだけど。
 
→こっちが前者のいかれた科学者で、
 
→こっちが後者のいかれた科学者です。どっちも見た目が警戒色すぎるんですよね、わかりやすく有毒の生き物。ウミウシみたいだ。
 
いかれているキャラが出てくるとわりと無条件に好きになってしまう。記号的な熱があるらしい。そういうキャラクターはたいてい賢さがあり、熱量を持っている。好意と同時に憧憬が色濃く滲んでいる。
自分が自分の理想であるために、細々でも休みやすみでもお勉強していかないといけないんだろうな。
 
夜、夫がいってQでめちゃくちゃに笑っていた。ロッチ中岡さんが巨大風船の中で着替えるというコーナー? 過去企画? で、えらくツボにはまったようでたっぷり1分以上笑っていた。いいことだ。風船の中にパンツが吸い込まれていくのはすごい光景だった、そういう生き物の捕食シーンみたい。ウニがキャベツを食べるのって確かあんな感じだったなと思い出す。
 
鉄腕DASHも見た。なめくじはカタツムリの進化系なのだそう。カタツムリ時代は殻の中にしまっていた内臓を肉体にしまうことができ、そのおかげで狭い隙間に入れるようになっているらしい。移動箇所が増えるのは生態系の維持にやはり役立つのだろうな。なんとなく逆の流れで進化しているのかと思っていた。
よく考えれば人類を始め哺乳類の雄の多く(割合は知りません)が性器を体外に据え、急所の役割を果たしているのを見ると内臓を体内にしまうのはなるほど偉大な進化であろう。心臓を四六時中外に出しておく生き物もそうそういまい。
ただ性器は急所としての効果が高すぎる。種の存続的に必要不可欠な生殖器官なんかそれこそ肋骨の中にでもしまう仕組みになればよかったのに。人体もいつかそういう出し入れできる器官ができるんだろうか。まあ種の存続的に使用頻度が多ければ多いほどいいのだから、じゃあ外に出しておく方が楽だよねとなったんだろうけど。ミニマリストもよく使うものは無理にしまわず出しておくと言っている。
鉄腕DASHでこのとき紹介されていた本では「2億年もすれば人はとっくに滅び、カタツムリの進化系が生態系を支配するはずだ」と書かれていた。
手塚治虫火の鳥』の未来編、2巻でもAIの発展、暴走から人類が滅び、その後なめくじかカタツムリが進化し新しい文明をつくるシーンがあった。このときからその論が展開されていたのだろうか。作中では文明を持ったなめくじは結局滅ぶのですが。
 
→1巻とのつながりはあまりないので独立して買っても多分大丈夫です。1巻では火の鳥にまつわる最古の話を、2巻では最も遠い未来の話を描いたと手塚先生があとがきで書いており、3巻からどうなっちゃうの? と気にしつつまだ買ってません。『ブッダ』の方が気になっちゃって。
確か文庫版によせてのあとがきで誰が主人公かのネタバレがされていて「おい!!!」と思いました。ネタバレじゃないのかな、でも1巻2巻時点ではこの人がシリーズの主人公かなとばっちりわかる人がいなかった。
 
■7月26日月曜
夫がパン屋のパンを欲していたので1日遊び歩いた。家の暑さに反して外は風が吹ており気分がよかった。
道中、夫の保有ポイントが期限間近なのでドラックストアで豪遊させてもらったり(はまってるフルーツ酢を買ってもらう)、家の周りにできたパン屋を冷やかしたり、もう少し行ったところに私の好きそうなパン屋があるので追加で20分ほど歩いてみたり(休みだった)、その近くのショッピングモールでラーメンを食べたりした。つまるところパン屋にかこつけたデートである。おもしろかった。
食パンをふたつ買った。1.5斤を2個買った可能性がある、どのくらいが1斤なのかいまいちわかっていない。めずらしくふたりともおいしく食べている、私は焼く方が好き。おそらくまた買うだろう。
今日気づいたけど食パンだけ食べるのって多分全然好きじゃないな。スープとか汁物がないと食事として取った気にならない。あと副菜もほしい。でもパンで済ませる日はそんなものを準備する元気のない日というジレンマ。
 
→以前母からシャルドネ味をもらい、1杯飲んでなんとなくそれっきりになっていたけど、久しぶりにちょっとはまってます。夫に買ってもらったのがこの味です。シャルドネより好き、グレープフルーツの酸味と甘みがあって夏によく合います。氷をぎっちり入れてだんだん溶けるのを楽しんでます。最後の方はだいぶ薄い。
去年の今ごろやっていたように、そろそろまたフルーツ酢を自作すると思います。前はレモンでつくってたけど今回はグレープフルーツでつくってみようかな。
 
外でラーメンを食べているときに18時になったので夫の分の大規模接種センターの予約を試みる。複数のブラウザで開くとつながりやすいらしいこと、曜日変更初回であること、オリンピック期間でテレビに夢中な人が多いことから今日あたり取れるのでは予感していた(大谷選手のホームランダービーのとき、町医者での接種予約の電話がつながったと、1週間かけ続けてずっと不通だった人が言っていた。なるほど)。案の定するっと入れた。
日付も時間もそれなりに選択肢があって、でも迷っているうちに埋まったら悲しいので一番早い日で取る。
おかげで今週は出かける用事がかなり詰まってしまった。1週間毎日出かけづくめ。嫌な用事なわけではないし、どちらかの用事しかない日もあるし、夏バテに気をつけながらやっていきたい。
 
夫の接種に関して母がずいぶん気にしてくれていたので「取れたよ」と連絡したら「やっぱり? 今日はいけると思ってたんだよ、念も飛ばしてたし(ピース)」「5分前くらいから念飛ばしてて、そしたら紗季から連絡があったからこれはきたなと思ったわけ」と言っていた。なんかやっぱり持ってる人なんだよなあと実子ながらに思う。思い込みと言われたらそれまでなんだけど、こういうことは信じておく方がおもしろい。
 
おもしれ~と思った記事を覚書として貼ります。
人の共感力は読書によって養うことができるが、ノンフィクションではあまり効果がなく、フィクション小説の方が効果が期待できる。ただし長時間の読書が必要、という内容。長時間がどのくらいを指すかはわからないですがフィクションは書くのも読むのも想像が大事なので、想像力が養われ、ともなって共感力も上がるのかな。
そもそも存在しない生き物について生き死にをつくりこみ、それに胸を喜んだり痛めたりするのってかなり特異なんだよな。だってその人いないんだもんなあ。漫画のキャラクターとか固有名詞として有名になったイマジナリーフレンドじゃないですか、だいぶ乱暴な言い方ですが。
昔アニメちびまる子ちゃんで、まる子が身の回りの物体すべてを擬人化した回があった。まる子は物をていねいに扱う(実際には使わない、大事に”保存”しておく)ようになり、ハマジらクラスの男子にも「そんな風にボールを乱暴に扱うのはやめなよ、ボールが泣いてるよ」と注意する。すると男子らは「そんなこと言ったらお前の靴だって踏まないでって言ってるだろ」「グラウンドやボールだってそうだろ」と猛反発を食らい、苦悩し、物は使ってもらっている状態が一番の幸福なのだと気づく話。
これは共感力が行き過ぎた例で、ここに至ったことがある人はそんなに少なくないと思っている。と言うのも私も物体に気持ちがあるなら使役されるのはつらいのか? と考えたことがあるので。そのときはまる子みたいにはならず、でも物体に気持ちがあるかなんて今の自分にはわからないからまあいいかと思ってそれで終わった。
 
想像力は共感力に直結すると思っていて、対人でこの行き過ぎた想像力や共感力を持っていて苦しい人も世の中にはいるはずだ。そういう人を思うと必ずしも高い想像力や共感力があることが美しく誉なことだとは思えない。でもその力がない人間は怖い。共感力と図太さのバランスを養うにはどんな本を読めばいいのだろう。
 
↑こういう四方山を書いてるとこのブログの本懐を遂げているようでいい気持ちになるなあ。
カテゴリ分けをしようと言ってまだ全然、カテゴリさえ決まっていないけど。これで36記事になってしまうので早めになんとかしたいな。記事が増えれば増えるほど内容の精査がめんどうになってしまう。
 
Twitterからの話。
片岡鶴太郎さんが早起きを心がけすぎて一周回って23時に起きているという話で笑った。早起きという言葉の懐深さよ。
 
■7月27日火曜
台風前夜。寒いほどの夜。
深夜トイレに行こうと目を覚ましたら手元に虫が飛んでいる。ガガンボのような手足をしているけどからだはそこまで大きくはない。羽音がしっかり大きく、甲虫めいた音を出す。だから怖い、甲虫の羽音が一番殺傷力がある。というか体格に対して羽音がでかすぎる。おかしいだろ。もう一度寝てしまおうかとという甘い考えを尿意が頑として許さない。己のからだを憎む。私たちは肉体があるばかりにこのような苦悩を味わう。
意を決して、虫を閉じ込めるように毛布を勢いよく飛ばしす。トイレに行き、戻るときに小さなほうきとちり取りを持った。やつを捕らえて外に出すためだ。殺虫剤を使うことはまったく頭になくて忘れていた。殺生はなるべくしたくないし、羽音のでかい虫は怖いので真っ向から向かいたくはない。
寝室の電気をつけておそるおそる毛布をめくるとやつはいない。夫は意に介さず寝ている。旗のように広げて表も裏も見た。いない。どこだよ。あの羽音がしないか耳をすます、いない。途方にくれる、ひとりでに逃げたのだろうか。リビングから羽音が聞こえた気がして電気をつける、いない。また耳をすます、聞こえない。いないならいないのでかまわないのだ、平和は思いのほか早く訪れた。
何週間かぶりに虫に起こされた。何かの予知夢なのか。前回は真っ赤な翔蟲が家のなかに入ってきた。寝ぼけて立ち上がりさえした。
「虫の報せ」なんて言うくらいなので一応夫の様子を見たりスマホを見ておく。とくに何事もなさそうなので寝た。起きてからはナショナルジオグラフィックを見た。最近夫がはまっている、メンタリストを見終わったことも関係している。
 
買い物に行って晩ごはんをつくっていると夫が様子を見に来た。
今日のメニューはたらのパン粉焼き、たこの酢の物、ちくわきゅうり、なすとおくらと豚肉を炒めた味噌汁。和洋折衷と言えば聞こえはいいがいつもこんな混ぜ具合である。メニューや具材のことを一通り聞いて「贅沢すぎて秒で痛風になっちゃう、楽しみ」とコメントを残しリビングに帰っていった。この感じで贅沢と言ってもらえるなら何よりなのだけど、食事面で貧しい気持ちにさせていないか心配になる。
ちょうど去年の今ごろも夫リクエストでちくわきゅうりをつくっていた。当時の日記に「夫がちくわきゅうりを食べたがる。つくると喜んで食べた」と記されている。夫曰く「飼育日記?」とのこと。半分ほどそう。
 
夫に「買い物行くけど食べたいもの何かある?」と聞いたときのリクエストランキング。
1位 納豆
2位 アイス
3位 ポテチかフライドポテト
4位 いかのかむかむ和え
5位 ちくわきゅうり、たこ
なんとなくかわいい趣味だなあと思う。
 
■7月28日水曜
レッスンでお会いした方からオーダーをいただいたので発送の準備をする。発送なんてずいぶん久しぶりだ、箱にしまっていた発送道具をいそいそ引き出す。レッスンに参加してもらえることも、オーダーをもらえることも同じほどありがたく嬉しい。自分のために金銭を使ってもらうのはなんと気の引き締まることよ。
 
ナショナルジオグラフィックの空港警察の麻薬取締官の回を見る。
序盤で15kgのコカインを密輸しようとしていた人が出てきたので以降の6kgとか700gとかの人がすべてかすんでしまった。見た感じ人の好さそうな中年の男性や、信心深く生きてきたのであろう女性が逮捕される。人は見かけによらないのか、彼らの言うように本当にいつの間にか荷物にコカインを仕込まれていたのか、神のみぞ知る。海外旅行にはそういうリスクもあることを知った。普通にかなり怖い。
2018年時点でのコカインの末端価格は1g2万円らしい。15kgの密輸に成功していたら3億円の金が動くのか、700gでも1千4百万円。縁遠い金額すぎて正直よくわからない。すべて遠い話に聞こえてしまう。でも日本にも違法薬物はあって、2020年は横浜税関で1.2tの違法薬物が押収されている。トンて。摘発件数で言うと全国の約6割が横浜税関で起きているそう。なんと物騒な港よ。
15kgの麻薬の密輸で3億なら、3億円事件ってすごかったんだなと漠然と思う。あれは確か人が死んでいないんですよね。言っていいことではないけど見事だよなあ。
 
→上の横浜税関の話の参照記事です。なぜか神奈川新聞とかではなく富山新聞なのがまたいいですね。富山には税関ってないのかな(検索したら大阪税関の出張所があった)。
この記事の中に722kg(末端価格144億円相当)の押収があるけどこれも桁がすごすぎてもうな~んにもわかんない、どういうこと。ギターに隠した700gでも見つかるんだから144kgなんて無理だよと思っちゃう。ダイナミックすぎてすごい。
 
初めて鉄のフライパンで餃子を焼く。夫が丹精込めて育てたフライパンの力量やいかに。
結果としては1回目は火加減を間違えて少し焦がした。水も少なかったかもしれない。でも焦げのにおいのわりに見た目はひどくなく、パリッとしていておいしかった。端の方の剥がれがあまりよくなく、端を育てるか入れる個数を調整するか考える方がいい。
2回目は火加減よし、水の量よし、身の剥がれ悪し。無印の巨大シリコンスプーンを使ったら盛大に皮が剥げ、やつは餃子には不向きだということがわかった。やはり餃子では木べら以外信用してはいけない。木べらで剝がしても全然皿に落ちてくれなかったけど。
鉄のフライパンマスターへの道はまだ遠く険しい。単純に餃子の焼きがへたなだけかもしれない。あらゆる可能性を保持し、己の自尊心を守っていくスタイル。
味はテフロンで焼くよりも皮が妙にもっちりしていて食べ応えがあった。夫は「こっちの方がおいしいかも」と言っている。
 
■7月29日木曜
本日夫のワクチン接種1回目。
インフルエンザのワクチンでも腕が腫れるので1回目でも苦労しそうだと思っていたら意外とそうでもないようす。
付き添いしようか聞いたら大丈夫と言われ、お言葉に甘えて家でごろごろしていたら帰ってから晩ご飯をつくっていた。ちなみにお昼もつくってくれた。左腕はだるそうだけど元気そうにしている。もしかして大丈夫なのか、外で水を買って飲むんだよと言ったら1口分しか減ってないペットボトルを持って帰ってきたけど。もっと飲みな。
 
ナショナルジオグラフィックを見る。フィンランド特集。カワガラスという水中を泳げる鳥がいるそう。
握力が強いので川底を歩くこともできるんだとか。すごいなあ。←の情報は以下のサントリーのページを見ました。このページは初めて見たのですが各鳥にまつわる和歌も掲載してあって、よさがありますね。今はこういうページがたくさんあって学びには本当に困らない。いい時代だ。
 
 
フィンランドでは川が凍り始め、氷が5cmほどになったころにスケートをするとかなり独特の音が鳴る。氷が薄い時期のスケートにも、その音にも名前があるんだけど忘れちゃった。薄い氷がスケートの衝撃で割れたり、まだ凍っていない水に反響してカリンバのような音が鳴る。冬を告げる音なのだろう。季節を告げてくれるものっていいよなあ。音ではないけど、日本で言う山の種蒔きじいさんみたいなもんかな。これは西岸良平の漫画『三丁目の夕日』で知りました。六さんが好きです、超偏食のリカちゃんも。
 
ナショナルジオグラフィックのスネーク・シティ5も見た。アメリカで蛇駆除(駆除と言っても捕まえて森などに放す)を生業にしているカップルふたりの話。
ブラックマンバという蛇の回では犬に蛇の毒が注入されていて動物病院へ急ぐシーンがあるのだが、このとき助手もブラックマンバの毒が目にかかった。助手はブラックマンバの毒にアレルギーを持っており、処置が遅れれば死ぬ。動物病院への道中、ぐったりしていく犬に呼応するように彼女の目はどんどん濁り腫れていった。犬も助かってほしいし、助手も早く目を洗ってほしくて終始はらはらしていた。
多分何匹ものブラックマンバを捕まえるなかで少量ずつ毒がかかり、蓄積されていってアレルギーとして反応するようになったのだろうけど、どのくらいの毒を浴びればそうなるんだ。すごく勇敢な人だと思った。
ちなみにブラックマンバの毒は(番組内での言及はなかったけどおそらく1回の注入で)人間10人が死ぬそうです。馬で言うと何頭くらいなんだろう、馬は死なないのかな。人ひとり60kgだとすれば600kgだからサイズによっては馬も1頭くらいいくのだろうか。
 
そういえば何十とか何百種類の蛇の毒を自分のからだに注入して、その人の血液があらゆる蛇毒の血清になった人がいた。あれもどういうことなのと思ったが。
 
→キーワードしか合ってなかった。人ひとりから35種類の蛇の血清ができている。
「採取した毒を最初は水で薄めたものを注射しはじめましたが、徐々に濃度を高くして体を毒に慣らし続けることで、体内で毒への抗体を作ってきたとのこと」とあるけど完全に茹でがえるの法則だ。やはり急激になにかするのはよくないけど少しずつしていけばやがて慣れていくんだな。人生をよい方向に変えることも悪い方向に変えることも。
トイレをきれいにしておくと運気が上がると言われるのも多分似たことで、新しい習慣を追加することで古い習慣がひとつ入れ替わり、その行動を起点にまた他の行動が変わっていき、その結果、というサイクルが起きるのだと考えている。バタフライエフェクト。だからなにか人生をよくしたいと思うのならまずはひとつ新しい習慣を入れてみるのがよい、最初は薄めた毒でもそのうち100%濃度の毒を入れられるようになる。あんまりうまいこと言えてないな、忘れてください。
まあ「習慣」って慣の字が入ってるのでいきなり全部は変わらないよねという解釈です。習って慣れろなのでよさそうな人の真似していくのがよいのでしょう。
 
映画イン・ザ・プールを少し見る。
キャストや随所の笑いどころがかなり時効警察めいていて怪しんでいたらやっぱりそうだった。この感じを見ると時効警察が見たくなるなあ。たまにはTRICKも見たい。
 
早寝の日。
 
■7月30日金曜
夫、ワクチンの副反応で38度の熱。まだ1回目でこれなので、2回目では45度くらい出るだろう。「41度になったら救急車呼ぶね」と言ったら「40度で呼んでね」と返事。45度まで行ったら生卵でも握っててもらおうかな、そのうち温泉卵になると思う。
今日は恒例の通院予定だったが夕方にずらした。「1回目のとき紗季さんが余裕そうだったら油断した」とだるそうにしている。おやげない。
 
大規模接種センターから得た情報でノーマルバファリンが効かないらしいのでバファリンプレミアムを買いに行く。ドラッグストアで大きめに展開されていたけど在庫が2個程度しかなくて驚いた、みんな副反応に苦しんでいるのだろうか。それだけ多くの人がワクチンを打ってくれているということだろう、ありがたいことだ。みなさんの熱が早く下がることを願っています。
ついでにウィダーのようなゼリー飲料やヨーグルト、春雨スープなど食べやすそうなものを調達。薬を飲むときはビタミンC、カフェイン、カルシウムはよくないらしいが買ったときは知らない情報だったので以降気にする。
聞くところによるとビタミンCは薬を活発にしすぎ、カフェインはすでに薬に含まれているから過剰摂取になり、カルシウムは効果が遅延するらしい。三者三様の理由である。
どれをどのくらい接種するとよくないのかがわからないので、服用前後1時間くらいはオレンジジュース、コーヒー、牛乳はやめておくくらいでいいのかな。レモンはかじってもいいのか。だめか。デカビタのゼリー飲料もだめなのかな。買ったヨーグルトは元気になってから食べる。
 
薬を飲んで冷えピタを貼ってもなかなか熱が下がらず、病院の予定を明日に変えてもらったあとにエアコンを入れたら急激に平熱まで下がった。放熱がうまくできていなかったのか。そういえば夫は放熱苦手疑惑があるのだった。パソコンなどは10円玉複数を背面に貼っておくと放熱できるようになると聞くが、もしや夫も?
「暑くもなく寒くもない」と言う発熱状態の人間を信じず、早くエアコンを入れてあげたらよかった。これは判断ミス。2回目は任せてほしい。
 
エアコンパワーで熱が下がったので病院の予約を再度取り直して付き添いへ。終わってから夫の用事で携帯ショップに行く。
用が終わるころには20時近くで、緊急事態宣言の影響で外食できず。だいぶおなかが空いていたので家の近くのテイクアウトに寄って晩ご飯を調達する。
 
漫画『ゴールデンカムイ』が無料開放されているのでさすがに読んでいる。人が死ぬときだいたい見開き。今のところ鶴見中尉が好きですね、いかれた人なので。
 
 
Twitterの広告で、余り糸でつくった靴下について知る。買ってみようかなと見てみたら2足千円で怯んだ。ファストファッションを脱却して環境などに配慮しようとするとそれなりの金額を費やさないといけない。
選挙に行くことや仕事全体の環境をよくしていくこと、自然を気にすることはすべて子をなそうとする者の義務だと考えている。子が生きていく世界がどうであってほしいか、自分の希望が少しでも形になってほしい。そのためにはこういうところでのお金の使い方を変えていかないといけない。少し勇気の要ること。でもとても大事なこと。
ファストファッションの楽なところは、「もうすでにそこに好きなジャンルの服があることを知っている」こと。ユニクロに行けば手ごろでシンプルでカジュアルな服が見つかる。今からSDGsに取り組んでいて、好みの服で、手を出せる値段のブランドを探すのは正直かなりめんどうだし大変。億劫。最終的に無印に行きつくんだろうなと予感している。
 
■7月31日土曜
夫、完全復活。
お世話になった人のポップアップショップがあり、行くかどうか散々悩む。行くと仮定したときの出発30分前に行くことに決め、予約を入れ、夫としたくする。久しぶりの遠出だ。
最後の予約枠で人は少なかった、そもそも到着したのも終了30分前である。かなりドタ。でも行けたからいいのだ。
去年の12月以来にお会いする方でいろんな話を聞かせてもらった。元気で素敵な人だなあといつも思う。
 
帰り、夫と「人の命は平等か」を話す。夫は不平等派、私は平等派。
「赤ん坊でも老人でも、金持ちでも人殺しでも地球からしたら人間がひとりいなくなるのは変わらないよ」
「崖から落ちそうな赤ん坊と死刑囚がいたら、どっちを助けるか明白じゃない?」
「そうかなあ、命の価値が同じなら変わらないよ。中身がわからない箱がふたつあって、どっちかを選ぼうとしたときって悩まなくない? 判断材料ないし。そういう感じに思ってる」
「そういう話なのかなあ」というところで家についた。
 
意地悪なことを言えば助けた赤ん坊が超大罪をやって死刑囚になる可能性はあるし、死刑囚が実は冤罪だった可能性もある。言い出したらきりがないので命は平等だと思いたい。私たちは皮1枚剥いだら同じ肉しかないのだし、ジャングルに放り出されればほとんどの人は等しく死ぬ。
それに自分の命と誰かの命が天秤にかけられているときにそういう感情的な理由で選ばれたくもない(自分が他人より何か勝っていたり華々しい人生をやっているともあまり思わないし)。他人の感情で生き残るのも死ぬのも嫌だ。Aさんから見れば私を生かすべきで、Bさんから見ればもうひとりを生かすべき、みたいなややこしいことしないでほしい。くじ引きで決めてもらいたい。
もしくは「生存可能点数」みたいなものを数字にして出しておいてくれれば諦めやすいかもしれない。今までの愚行や善行の数々をいい感じに可視化して、有事の際に生き残らせてもらえるのかどうかを第三者が明確に判断できる。多分そういうの星新一が書いてるだろうな。
 
晩ご飯を食べていたら箸が折れた。歯で折った。ちょうど明日レッスンで出かけるのでついでに雑貨屋で買ってくる。ニトリで買った2膳100円の夫婦箸、2年間ありがとう。毎日いろんなご飯を食べました。
手の大きさが夫と一緒なのに夫婦箸であるがゆえに短い箸を使っていたので次は長い箸にする。たまに夫の箸を借りると使いやすさに驚く。
 
誤字脱字を見たいのだけど明日にそなえて寝たいので(今深夜2時44分)もう寝ます。そのうち読み返すときに直します。
 
おわり
 

7月18日~24日 子どもだましのアイス

■7月18日日曜
創作をやる。夜通しでやって書き上げたので勢いでアップし、ブログも予約投稿をして寝た。読み返すだに今まで書いたことないタイプのものに仕上がっていて気恥ずかしさに襲われる。そういうものを書こうと示し合わせていたのだけど。こういうタイプも書こうとすれば書けるんだなあという発見になった。なんでもやってみる方がいい。
 
「今日37℃になるらしいよ」という夫の悲痛な検索結果を受けてエアコンを入れて寝た。夕方起きたらいけそうな気温だったので扇風機だけでしのぐことにした。夫は寝ている。
扇風機は1台しかない。寝室とリビングは反対に位置している。寝室に扇風機を向けると家で最も暑いリビングの地獄化が加速し、リビングに向ければ寝ている人間が知らずのうちに熱中症に片足を突っ込むことになる。扇風機があればしのげる、なければ厳しい。でも寝室とリビングに同時にひとりずつ人間がいて、外気温的にエアコンを入れるのは完全な敗北。かなり難易度の高い頭の体操。
結局基本は私が寝室にいて風を浴びることにした。リビングにいても何もしないから別にいいんだけど姿勢が難しい。ずっと寝転がってると飽きる。でも扇風機の台数を増やすほどでもないんだよなあ。
 
多湖輝先生の『頭の体操』は子どものころ毎日読んでた。狸寝入りの問題が好きだった。
「小学生の自分が狸寝入りしていると、たまに遊びに来る親戚が決まって「さては狸寝入りしているな?」と当ててくる。なぜか」というもの。答えは気が向いたら書きます。
 
起きてから創作の読み返しをし、誤字脱字があったので修正。読み返すたび虫のように湧いてくる、なんなんだよ。ついでにもう少し肉付けをする。
早速何件かリアクションがあって嬉しい。華々しい人たちがもらうリアクションに比べればささやかなものだけど、見てくれている人がいて、さらによいと感じてくれた人がいるのは素直に励みになる。1件のリアクションの前に何人もの人が読んでくれている。リアクション件数を人と比べても意味はない。自分がつくったものに対して時間を費やしてくれる人がいるのはすごくありがたいことだ(でもジャンルに新しい人が増えてそちらの方がリアクション数多かったら自分が筆を折るであろうことも知っている)。
あと昔違う場所にアップしていたときよりもリアクションがわかりやすい。プラットフォームの変化によるリアクションのしやすさってあるんだろうなあと肌で感じる。前はメールフォームしか置いてなかったからハードルの高さもいかばかりか。それでもリンクを貼ってくれたりメールで感想をくれたりと交流があった。メールのログとかどこに保存されてるんだろう。消えたレンタルサーバーにまとめてたんだっけ。なんとか復活してほしい。
そういえば以前占いで「あなたはいつか本を出すね、ちょっと変わった本」と言われたのだけど、このジャンルに関する本なのかと危惧している。もし本当に出せるなら、できれば自費ではなく出版社から出したいのですが……と思ってしまう。贅沢な悩み。
 
リアクションと言えば。少し違うけどこのブログのアクセスが月ごとに増えてきていて、ありがとうございます。四方山話しかないブログに来てくれる人がいるのも同じく励みになります。引き続き個人的な四方山話しか書かない予定ですがたまに読んでもらえると嬉しいです。
気が向いたら記事の上部にあるランキングバナーをクリックしてもらえるとまた新しい嬉しさを感じることができます。私が。よしなに。
 
■7月19日月曜
よく昼寝をした日。言い換えれば活力のない日でもある。
500年ぶりくらいに自分でHTMLをさわる。昔いろいろやっていたページを更新した。見ている人はもういないだろうけど、もし万が一いるなら最近の活動場所をお知らせできればと思ってやった。
ついでに当時ある程度連絡を取り合っていた人たちのブログなどを探す。よくこんないろんな名前を覚えてるよなあ。
 
藤本タツキ先生の読み切り『ルックバック』を読む。『チェンソーマン』も『ファイアパンチ』も途中までしか読んでなくて話の大筋は知っているというだけなのだけど、いろんな人が「藤本タツキ作品は映画」と評する理由がなんとなくわかった。あっけにとられてしまった。
藤野が京本に「サインください!」と言われてサインしたあとの雨のシーンがすごく好きだ。自分もこういう顔をしたことがあったと思い出させてくれる。今もあるけど。
 
人が創作に手と出すきっかけは自分とごく身近な誰か(多くはもっとも親しい友人)に求められ、喜んでもらいたいからであろう。身近な人が自分の作品を見てくれて、喜んだり笑ったり泣いたりしてくれて、あまつさえ「もっと見たい」と言ってくれること以上の原動力はない(これ本当なのでみなさま好きな作家には定期的に好きだと伝えてください)。しかもその身近な人が自分を大いなる挫折に追い込んだ爆裂才能の持ち主で、その人の圧倒的才能のせいで筆を折ると決めたときに「ずっとあなたのファンだった!」とあんな目で言われたら、そりゃああんな顔にもなる。踊らない人だっていない、みんな誇らしい気持ちで何日も踊り明かす。祭が始まる。筆を折るために続いた長い夜が終わって、またつくり始める。友情が終わらない限り続く祭。筆なんかそうそう折らなくなる。
その一連の気持ちをどうしてひとつのセリフもなく、あんなに雄弁に語れるのか。怖すぎる。どうして。
 
昔毎日のように創作で何か更新していた時代、私の文章を好きになってくれた人は何人かいた。本当にありがたく嬉しいこと。サイトのアクセス解析を見ていると見慣れないURLからリンクが来ていて、飛んでみると新しくできたサイトが片思いリンクとして貼ってくれたりしていた。中にはこのサイトはこういうところが好きだとひとつひとつに紹介文を書いている人もいた。世の中にはまめな人がいる。できたばかりのサイトだったりすると、自分の存在がその人に創作の道を示した可能性もあるんだなあ(もちろん他のサイトもきっかけだろう)と同士が増えるようで楽しかった。藤野も同じことを言われていた。
そういう好意の示され方はやっぱりどうしようもなく嬉しい。自分のことを好きだと言ってくれる人間が突然現れること、同じ創作の畑にいること、その人がつくったものを自分も見られること、それを見てまた自分もやっていこうと思えること。すごくしあわせな時間だった。『ルックバック』の雨のシーンは当時の自分の感情をまざまざと呼び起こす。創作をする人間なら一度は引き起こされる、「この人のためにつくっていこう」というあの感情を。
 
そうは言っても人は結局自分のためにしかつくれないのもまた事実だと思う。誰かに喜んでほしいと言っても、もう1歩踏み込めば「誰かが喜んでいるのを見て自分が満たされるため」にやっているだろうから。冷たい言い方に見えるけど、結局のところ自分の自尊心を満たすための手段としてたまたま創作を選んでいるだけだと思っている。すべてのことがそうだとして生きている、目的のために選んだ手段。とどのつまり人は自分のためにしか生きられないという価値観が根底にあるので。
だから藤野も最初のうちは、才能ある京本が自分にかしずいているのが嬉しくてやっていた部分もあったと思う。そのうちにライフワークになっていって、大人になって筆を折って、また書き始めるのはやっぱり自分の気持ちを鎮めるためなんじゃないか。京本が楽しみにしていた作品をこんなところで終わらせれるか、私は藤野様だぞと。
 
私は何かテキストにまつわるプロを目指しているわけではないのでとくに影響はないのだけど、もし自分が漫画家を目指す者だったら『ルックバック』を無心で読んで、読み終わったあとにげぼ吐いて大泣きしてたと思う。もう自分に表現できることなんて何一つないじゃん、無理だよって思ってたと思う。完全にモチベーションをぶっ壊されてた。
でもいくらモチベーションをたたき割られてもやる人間はやるんだよなあ。そういう人が彼女らのように大輪の花を咲かせるんだろうな。
 
びびってまだ1回しか読んでない上での感想でした。またあとで読も。
 
■7月20日火曜
ウエルシアの日。戦である。
朝から夫に来てもらい買い物をする。終わってから夫の用事で携帯キャリアショップに行ったり、お茶をして、私の用事で映画を見た。かなり久々に「デートしたなあ」という気持ちになった。
結婚してからというもの外出には必ず用事がつきまとうので(とくにコロナ禍で用のない外出を控えているから)、ふたりで遊ぶためだけの時間はほとんどない。家にいればお金を使わないし。月1くらいではこうやってちゃんとお金と時間を使わないといけないよな。まあ今回の映画は私の分は無料なんだけど。無料券が当たったので。久しぶりにこういう運の良さが出た。
 
映画は「青葉家のテーブル」を見た。
他に見る候補だったのが「ファーザー」「17歳の瞳に映る世界」で重めラインナップだったので、気軽にいい気分になれるそうという理由でこれにした。さっぱりしたものが見たかった。
思った通り適度にはらはらして、ちょうどよく笑って、「そうだよなあ、がんばれ若人よ」という気持ちで終わった。これこれ、この気持ちよ。
親が著名である点で私も優子ちゃんと遠くない状況なのだけど、親の名前の生息地と私の生息地がまったくかぶらないので影響がない。夫はその分野に詳しいので父の話を聞いたときにたいそう驚いてくれていた。家の中で父のすごさの質感がわかる人が少ないので父も嬉しかったことだろう。
兄が小説で市長賞をもらったとか有名な出版社のアンソロジーに参加したのは「わーっ!」となったけど、それもしかるべき才能を持ってしかるべき努力をした人間にのみ与えられる当然の権利ととらえているのでもうなんともなくなった。おもしろいから印税がっぽりもらっててくれ。と、今はこんな感じだけどもし父と私の生息地がかぶっていたり、私が文章にまつわるなんらかのプロを目指していたらさぞつらかったろう。
暮らし系SNSインフルエンサー&大人気実店舗を経営する有名人が親、という優子ちゃんの気持ちがわからないのは幸運なことであり、同時に物語に移入しきらない部分ではさみしいことでもある。
 
それはそれとして。優子ちゃんの「親がすごすぎて自分も何かにならなきゃって思っちゃう」のはとくに最近のデジタルネイティブ世代の悩みだろう。インターネットでは誰でも有名になれる可能性がある。ブログでも動画でも絵でも。身近で有名になった人がいたりしたらしっかり劣等感を刺激されるに違いない。
少し前に「ドラマを5秒スキップで見る人たち」に関する記事があった。夫から聞いただけで読んではないのだけど、「特定のジャンルに詳しくありたいがためにドラマの内容を把握しておきたいけど内容に興味はないから飛ばして見る」らしい。他にもいくつか理由はあったはずだがこの理由に大変納得したので忘れた。今はインターネットで何かに特化して有名になる人があまりにも多く、日常生活でもそうあろうとする流れが強いのだろう。何かに特化した何者かであらねばならない圧が。
奥田英朗の『イン・ザ・プール』」でも似た話があった。周りの人に好かれたいがためにバイト代を使って好きでもないミュージシャンのCDを買っていろんな人に貸す、そのおかげで彼らに好かれていると思っていたがクリスマスイベントに誰からも誘ってもらえなくて愕然とする話。
そんなに人から好かれていないといけないかねと思うけど、嫌われているよりは好かれていたいし、つまらなくて飽きられるよりは話題を提供できるように情報の仕入れを怠らないようにしたい。その気持ちはわかる。身銭を切ってまでする必要はないだろうけど、そうしないと他者に何かを提供できないと信じているのだろう。
他者に自らの存在の価値を捧げなくても、あなたがそのままでいることに価値を感じる人とだけ付き合いなさい。聖書にもそう書いてある。多分。
 
■7月21日水曜
この日は何してたんだ? 実時間でもう24日に突入した。書くのがだいぶ遅くなってしまい記憶がどんどんなくなる。
理想の唐揚げをつくろうと毎度試行錯誤しているが毎回味か衣の食感が違ってうまくいかない。なんでだろう。味が完璧な日は衣がほんにゃりしているし、衣がばりっとしている日は味が薄い。そういう風にしかつくれないものなんだろうか。世の理? 世知辛いな。
 
母から「数秘術の本買った」と連絡があり、私の生年月日の結果を教えてくれた。
「常識人の皮をかぶった子ども」「変わり者と言われやすくそれを自覚もしている、ゆえに自分は理解してもらえないけれど他者は理解し愛したいと思っている」「仕事は個人プレー向き、違う仕事を掛け持ちするとよし」「ママはなるほど! と思った」とのこと。
どう、と夫に聞いたら「紗季さんってどんな占いでも必ずそんなようこと言われてるよね」と。占いってどんな手法であっても見るのは結局生年月日だと思っているので、それを元にしていればだいたい同じ結果になるような気はする。
 
ところで数秘術と言えば貫井徳郎の『慟哭』ですね。何を言ってもネタバレになりそうなのでリンクだけ貼っておきます。
子どもがたくさんつらい目に遭うのでお子さんがいない方におすすめ。ミステリです。
 
 
■7月22日木曜
明日はなんとレッスンである。
起きたら1枠余っていた予約が埋まっているではないか、何事か。久しぶりの満席で嬉しい。他にも開催希望のメッセージが複数来ていた、なんならすべて明日希望のメッセージだった。驚く。何事か。お友だちだろうかと考えるも、それなら複数人から個別でメッセージを送らなくてもいい。不思議なことだ。なんにせよ嬉しいのでいそいそ返信。
明日の枠はもう増やせないしあまり人がいると見るのも大変なので別日を提案、全員その日程で承諾してくれたので同じ日に開催することになった。なんとまた満席である(本来の枠数分開催希望が来ていたので)、本当に急に何事か。ありがたいことだけど再現性があるのだろうか。ひとつひとつしっかりやっていかないと。使うパーツを見ていたら一番大事なものがなかったので、早めに出て買いに行かないと。
 
加えて明日はワクチン接種2回目である。
フルーツ味の箱アイスを買ったり、食材の数をいつもより減らして買ったり、副反応中の食事含む家事を夫に頼むなどする。洗濯は終わっているので食事とごみ捨てをお願いした。Twitterを見ていると副反応が大変だったという人が多く、かなりびびっている。39度の高熱が2日も3日も続くとか、固形物を食べられないとか。あんまりすごくないといいなあ。
 
■7月23日金曜
レッスンの前に足りないパーツがあったので買いに行く。炎天下を1時間ほど歩いた。日傘をさしていたからよかったものの、なかったら熱中症にでもなっていたかもしれない。そのくらいの天気。遮光率99.9%の日傘に興味がある。今使っているものより涼しいだろうか。
今日のレッスンもつつがなく終わった。人に恵まれてありがたいことこの上ない。不思議とオーダーも1点入り、やはりありがたい。箱持ってたっけな。
 
夫と待ち合わせて先に晩ごはんを食べる。ワクチン接種後に固形物が食べられなかったら嫌だし、副反応に対抗するには栄養も必要だろうし、でもからだがだるいなか食べるのも億劫だから。夫が気に入って最近行きたがっていたうどん屋へ久しぶりに行く。前に来たときはそこまでおいしいとは感じなかったが今回頼んだものはおいしかった。次はレギュラーメニュにトッピングしてみようかな。
大規模接種センターへの道すがら、パティスリーの焼き菓子を買う。ちょっといいクッキーにハマっているのだ。この店の焼き菓子は前に友人への贈り物に使ったのだけど自分では食べたことがなく、そういえばと思って試す。かなり味のよい店だったので満足した、かなり好みの味。きっとまた買うだろう。
 
大規模接種センターへいざ参らん。予約ちょうどに到着した。接種まで15分ほど、経過観察で15分ほどと相変わらずスピーディーだ。
以下副反応の経過メモ。
 
接種から3時間経過。
1回目接種のときのような筋肉痛めいた痛み。腕の可動域は広い。
母に接種終わった旨を連絡。「高齢者でもなく基礎疾患もなく職域でもなく、たまたま予約殺到し始める前日に接種券が来て予約が取れてもう接種が終わるのおもしろすぎ。何のフォース?」と言われる。ほんとにこの運のよさはなんなんだろうね。
接種券が混雑の前日に来たのはたまたまだけど、大規模接種センターのことは母から「翌日の予約が取れたって人もいたから見てみたら」と言ってもらってやっと存在を思い出した。見てみたら日付も時間も選べるほど余っていたのでさっさと予約を取ったという話。
ほんとうにまじでいろんな人に助けてもらっている。副反応が落ち着いたら神社にお礼にでも行こうかな。
 
10時間経過。
接種した側の腕や足に倦怠感。血行が最高に悪いときのぴりぴり感がある。メディキュットを履きたいが履いていいのかわからないのでそのままパソコンに向かう。
何かご飯を食べた気がする。アイスかな。
 
12時間経過。
少し寝た。暑くて起きたのかだるくてまとめて眠れないのか判断つかない。こまぎれ。
引き続き悪寒のような皮膚のぴりつき。血管の内側に鳥肌が立つような感覚。苦手な肌触り。
倦怠感が強まっていて左腕はモンハンができなそうなほどだるい、逆転裁判が限界。
夫が「おでこ熱くない? 熱測りな」と体温計をくれたので「全然熱くないよ、6度3分だって」と言って測る。38度2分の熱があって笑った、記念写真も撮った。熱に伴う頭痛などはなくてただからだが熱いだけ。ワクチンの成分たちが私のからだの細胞たちとあいさつ合戦をしているに違いない。しっかいあいさつして仲良くなりな。
立ち眩みがかなりきつく起こる。寝の姿勢からいきなり立つから必然だとして、そうそう経験しない強さで発生する。一応前日に鉄分のサプリは取っていたけどそういう問題でもなさそう。
 
20時間経過。
平熱に下がる。はっきりとおなかがすいた感覚はまだないが、食べておく方がいい気がしたので晩の残りのカレーを食べる。固形を食べることはできる、嬉しい。
アイスも手軽に食べられるので買っておいてよかった。Doleの16本入ってる小さいアイスバー。小ぶりなのでおなかがすいてなくてもぱっと食べられるし、いろんな味があっておいしいし、冷たいのでよい。スーパーで前を通るたび「子どもだましのアイス」と言っててごめん。
引き続き悪寒のような手足の痺れはあるが範囲が狭まっているし弱まっている。ピークのときは両腕、両脚、腰、尻、肋骨とだいぶ広範囲だった。今は左腕と左足、腰、肋骨程度。とはいえ布団との接地部分がずっとぞわぞわ、ぴりぴりしている。このぴりぴり感をもって「5Gが通っている」と思い込んでしまうなら仕方ないかも、電流に似ている。5Gにおびえる人たちは3Gや4Gのときも同じようにおびえていたのかな。
体力値がかなり下がっており、歯みがきなどで立っているのがだいぶつらい。コロナにかかったら体力が落ちてなかなか戻らないと聞くので危機感が募る。きっとこの体力低下よりひどいのだろう。歯みがきでさえしんどいなら毎週の食品の買い出しなんか途中で1回座らないとやってられなそうだ。
立ち眩みもまだ起きる。細かい昼寝をたくさんする。
 
24時間経過。
左手や足の痺れはなくなって軽い悪寒だけ残っている。 
熱は6度8分から7度2分にかけてをうろうろしている。立っているのは相変わらずつらく、立ち眩みもあるが異変はかなり減っている。腕の可動域はだいぶ狭まっている。
熱に伴う頭痛や吐き気はないけど、血圧的な影響なのか立った状態で腰を曲げると嫌な頭痛が起きる。じっと座っている分には影響はない。
夫に「元気か元気じゃないかで言うと?」と聞かれ「脳はクリアだけどからだが全然追いつかなくて結果として元気ない。脳はめちゃ元気」と回答。なにせ帰宅から摂取12時間経つまで夜通し創作やってました、ピース。おかげでだいたい書き上がった。
家の中をうろつくコバエを2匹ほど素手で捕まえる。ここ何日か毎日1匹は素手で捕まえていたので「それいつもまじでやってんの? 武士の娘じゃん」と言われる。
夫はコップに入ってきたところをティッシュでふたをして台所に持って行き、ティッシュをかぶせたまま水を満杯まで入れて溺死させる手法を取っている。コバエだっていっそ一思いにやってくれと思ってるよ。
ドラマメンタリストを最後まで見終わった。シーズン6のレッド・ジョン編がいまいちだったのでシーズン7は蛇足かとあまり期待していなかったけどどうしてなかなかおもしろかった。麻薬組織とか人身売買組織とか事件がどれも大きかったけどそこはFBIだから仕方ないんだろうな。次に何を見るかはまだ決まっていない。
 
29時間経過。
基本同じ姿勢で寝ているのでからだが凝り固まっている。首と腰がばきばき。接種した腕を下にして寝ようとすると痛いので反対の腕を下にするか、仰向けしかできない。やれる範囲で軽く柔軟でもしようかな。からだが固いと副反応が大きいという意見をTwitterで見た。ほんまかいな。まあからだが固くていいことなんて思いつかないから結果としてからだが柔らかい方がいいんだろうけど。結果としてね。
おなかがすいたので夫にご飯をつくってもらう。食欲がしっかりあってよい。チキンステーキとお味噌汁。ステーキは夫が好きなコウケンテツ先生のレシピで、おいしかった。「ステーキ大臣ですか?」と聞いたら首を横に振っていた。
アニメ僕のヒーローアカデミアを見る。爆豪勝己がいい子でが好きなのですが、名前が己に勝つと書いて「勝己」なのがとくにいい。彼は何度も挫折して何度も立ち上がり、目の前の壁を打ち砕いていく。いろんな人に対抗心を燃やしているけど「俺ならもっとできる」という自信があるからこそ燃えており、それすなわち自分のことを絶対に信頼している何よりの証拠なんですよね。だからすぐに「おめえにできて俺にできねえはずねえだろ」と言う。自分ならできると信じているから、自分ならできるまであきらめないと知っているから。
勝己という名前はそういった性格を含む誇り高いもの。まっすぐで好感が持てる。いい子だ。みんなから「爆豪って口は悪いけどいいやつだよね」と思われていそうなのもいい。実力もあるし。
今時点でのhuluの最新話(地獄の轟君ちみたいなタイトル)で「”センシティブな話するなら飯に呼ぶな”って言えるのは爆豪のいいところだよね」と夫が言っており、確かになあ。首突っ込んでいいものではないし、外野が聞いていいものでもないし、ちゃんと解決しろと言っているようにも聞こえる。かっちゃんまじでいいやつだな。中学生当時なら轟くんを好きになっていただろう。大人になるにつれ地の人柄がいい人を好きになりがち。
 
33時間経過。
だるさがほとんどなくなってきた。悪寒による皮膚のぴりぴり感もない。もういいかしらと思ってメディキュットを履いた。久々の着圧はいい。メディキュットは年単位で使っていてだいぶぼろぼろなので新しいのを買わないといけないんだけど、まだ履けば気持ちいいので酷使してしまっている。死んだらそういう地獄に落ちそうだ。
熱も完全に平熱をキープしている。腕の痛く可動域はまだ狭いけど、あと1回寝て起きたら副反応はほぼ終わりかもしれない。
以上、ワクチン接種2回目のメモでした。最後の方オタクの話だったな。
 
薄々、副反応がかなり軽い方なんだろうと気づき始める。夫はインフルエンザのワクチンで腕がぱんぱんに腫れるのでこちらの副反応も重そう。インフルエンザのワクチンであんな副反応が出るのを見たことがなかったから、初めて見たときは本当に大丈夫かかなり心配したものである。
副反応の心配をする前に予約の心配なのだけど。まあ多分そろそろ取れるでしょう。なんとなく。
 
おわり

7月11日~17日 車で3回事故に遭った

■7月11日日曜
祖父の家の片付けに行く。夫が見送りすると言ってくれたので母との待ち合わせの駅までともに行く。デパートでちょっといいおやつを買った。
母と合流し、駅弁片手にホームへ。母が持ってきた荷物の中から向こうで私にくれる予定だったいろんなおやつを受け取り、その場で夫に託した。大量のおやつを持って夫は昼を食べる旅に出る。お見送りありがとうね。
 
電車内で駅弁を食べつついろいろ話を聞く。年代的に母は友人の相続などの愚痴も聞くらしく、そういったテーマが多かった。お金は多ければ多いほど争いの種になる、なければ争ってももらえないから意味がない。雨は降ったりやんだりを繰り返す。梅雨で片付けるには乱暴な降り方。屋外にいるときは降られなかったので運よし。
今回はいつもより遅い到着。荷物を置いて仏花を買いに行く。雨上がりに出る太陽はいい、風もやわらかい。花もよく咲いている。
仏花でも花束を持っているとプロポーズしてもらったときのことを思い出す。100本のバラの花束をもらった。帰るときに「花束持つよ」と言ってくれたけど、花束は女性が持つべきものなので頑として離さなかった。100本ともなると花束自体小学生3年生くらいの大きさだったし体感10kgで大変だったけど、この本数はもう持つ機会もない予定なのでいい経験だった。腕力ありきのプロポーズ。ちょうど3年前の今ごろのこと。
 
片付けは紙類チェックを中心に進める。なぜすべての広告をおかしの袋に入れて取っておくのか。広告を取っておくのは百歩譲っていいとして、袋に入れるのはなんなのか。冬眠の準備か巣の材料にでもしようとしてた? 木の枝も集めておく方がいいよ。
 
『誕生日大全 ダイジェスト版』という誕生日占いの本が出てきた。母に見せたら「こういうのっていいことも書いてあるけどやんわりと悪いことも書いてあるからうまいよねえ」「この内容そうかなあ、ママはそうだと思わないけど」などと言っていた。「詳しく知りたいなら時間かかるけどホロスコープ読めるよ」と聞くと「やってほしい!」と興味津々。母はタロットを習っていたこともあるくらいで、占いには好意的。生まれた時間はわからなかったので生年月日と生まれた場所だけメモしておく。結果がわかったら連絡するわと言って話は終わった。
のちの片づけで祖母の母子手帳が出てきて母が生まれた時間がわかった。相変わらず母の引き寄せはすごいなあと感じ入る。
こういう引き寄せてるなあということはしばしばあり、以前母が車を新しくしたいなと思っていたらもらい事故をやり、結果として車が新しくなったこともあった。2回ほど。以来「どんなに新しい車がほしくなっても思わないようにしてる」らしい。1回事故に同席した身としてはそうしてもらえると嬉しい。その事故では母も私もまったく何の怪我がもなかったからいいんだけど、今の年齢ではそれでも危ない。
 
ちなみに私は免許は持っていないが同乗していた車で3回事故に遭った。どれも同乗者も私も少しの怪我もなく、自損1回以外は100%相手責のもらい事故なのでとくに手出しもない。いつ思い出しても運がいいなあと感じる出来事である。
と夫に言ったら「3回事故に遭ってるのはどう考えても悪運だけど、怪我がなかったから運がいいと思えているのが幸運だよね」とのこと。ポジティブなのよねえ。生きてるならいいやと日々思う。
 
喉になにか大きいものが詰まっていて取れない。咳払いしてもうがいしても飲み込もうとしても全然だめ。すごく困っている。
 
■7月12日月曜
ウォークインクローゼットのようになっている部屋の片付け。服はだいたいクリーニングに出されていてまあきれいなのだけど、鞄類がかびていて恐ろしい。窓がないので換気もできず、おっかなびっくり進めている。半分程度見えている押し入れに、すでに居間に大量に置かれているのと同じくらいの手拭いが見える。もう200枚を超えるだろうか。
服は嵩があるのでごみ袋もすぐぱつぱつになる。入れすぎると重くなって袋が切れそうになるから適宜持ち上げながら調整していく。よくこんなに買ったなあといっそ感心してしまう。もう少し若いころは夫婦でおしゃれを楽しんでいる人たちだったんだろう。
 
ここ何回かの滞在はごみ捨ての曜日と微妙に噛み合っていなくて、ごみ袋はピラミッドよろしくこんもり積まれている。木彫りの置物もいくつか混ざっているのでそういう意味ではピラミッドに違いない。
物が多い人の家を片付けるのは本当に大変で、自分が死ぬときは残す人たちをもう少し楽にしたい。通帳類など資産の情報をまとめておくとか、物の数を減らしておくとか。前者は現時点での情報はまとめてある。後者は広い家に暮らさないことが肝だろう。とくに私が先に死ぬ場合、夫は私のものを捨てられないはずなのであらかじめ整理しておかないと。
 
夕方になってから墓参りへ。他にもいくつか花の新しいお墓があり、人の気配を感じる。
帰りにコンビニでご飯を買う。今日の晩ご飯と、明日の朝ご飯とおやつとを買ってそれなりの値段に。やっぱり外食(中食含む)は高い。これはほぼ旅行だからよいけど家では引き続き自炊をしよう。今月も使いすぎず、かと言って苦しまずやっていきたい。
 
古い写真が出てきた。伯父が千歳飴を持っているものや母の成人式、弟の七五三の写真、父が「タイの色男」と評されていたころの写真。若いころの父の謎の彫りの深さに毎度ちょっと笑う。今はそんなことないのに。
スタジオでおしゃれな服を着た弟の写真を見て、私ならこんなに笑っていないはずだと母と盛り上がる。
「ママもお父さんもまあ頑固ではあるけどあんたの頑固さは図抜けていて、誰の遺伝なんだろう」「でも見てておもしろかったよ。嫌なことは絶対やらないし、自分が悪いと思わなければ絶対謝らないし。この子はやりたいようにやらせるしかないって思ってた」「だから将来何するのか楽しみだったんだよねえ」と母談。その節は本当に大変ばご迷惑をかけまして。
私は小さいころは超癇癪持ちで上記のような感じだったけど、母はその性質をどうにかしようとはしなかった。「こういう子なら仕方あるまい」と最低限の「宿題やんな」しか言わなかった(それにも大癇癪を起していたが)。今思うとすごいメンタルというか教育方針というか、この親の元でなかったら大人にはなれていなかったかもしれない。自分が親になるならやっぱりこうでありたい。人は人、子は子、私は私。
 
深夜満島ひかりさん主演の乱歩のドラマを見る。森山未來さんも出ていてよかった。年末のドラマ岸部露伴は動かないで見てしっかりめに好きになった俳優。元から好きではあったけど、なんだかすごい演技をしていることを認識した。
乱歩は高校生のときによく読んでいて、将来買いそろえるなら絶対の絶対に春陽堂でそろえると決めている。のだけど、なんとなく絶版しているのではと予感している。
と思ったらがんがん刊行しててなんならリニューアル版が出てた。嬉しい。装丁のよい本はそれだけで価値がある。
 
高校生のとき乱歩の「人間椅子」を教えてくれて私を近代文学の道に誘った友人がいる。Janne Da Arc榎本ナリコの『センチメントの季節』も彼女に教わった。学校をともに卒業することはなく、東北の方に行ったと噂で聞いたけどメールアドレスも当然そのうち変わっていた。連絡の手段はない。今何をしているのかまったくわからないけど、もしまた会えるなら彼女の好きなものの話を聞きたい。元気でいてほしい人のひとり。
 
■7月13日火曜
家に帰る日。朝からまたごみ袋をつくる。居間と物置をつなぐドアが開いた。物置の入口よりのは床はだめになっていて穴が開く寸前。居間と物置の奥がつながったのはかなりめでたい、これで安心して行き来できる。記念硬貨を発行したいほどである。
祖母が生前使っていたアクセサリーが見つかる。1本小ぎれいなブレスレットがあったので母に聞いてもらってきた。石も何もなく、ただ金属なだけなのだけど、シンプルでよいと思っている。
「ばあばにしてみれば孫娘はあんただけなんだから、もらってくれたらばあばも嬉しいよ。よく似合うしね」と母は言う。祖母の気持ちはもうわからないけど、祖父の結婚指輪ももらってきているので、一応ふたりの形見をもらったことになる。それらを孫が持つことを喜んでくれていたらいい。
 
昼のテレビを見ていたらガラケーを使っている芸能人ふたりを招いてスマホの使い方をレクチャーしようという番組があった。続き物で今回が7回目、多分全体の中盤くらいの位置。
この回ではスマホで通販をやってみよう、バーコード決済の仕方、モバイルSuicaにチャージしよう、の3種にトライしていた。ふたりの芸能人がお互いに通販でプレゼントしあったり、先生がスマホ決済で自販機で飲み物を買う。モバイルSuicaに興味を持っている母は、チャージの場面なんかは真剣そうに見ていた。
番組が終わって次回8回目の予告では「スマホを使いやすくカスタマイズしよう、文字の大きさや色の変え方をお伝えします」と言っていて母と「それは第2回目あたりでやる内容じゃん?!」と盛大に突っ込んだ。通販できてる人は字読めてるよ。
 
「好きそうな記事あったよ」と渡された新聞が、加害者が己の強い立場を利用した上で性的加害をしてきたことに対する被害者の投書記事だった。めっちゃ好きそ~。投書人もとい被害者は4人で、いずれも40~70代と思ったより高齢。おそらく新聞だからだろう、女性も男性もいた。加害者は大学の教授、中学か高校かの先生、牧師、小さな村の医者。こちらはすべて男性。女性の加害者もいるのだろうけどあまり話に上がらない。1記事だけ見たことある気がする、ニュースサイトの女性編集長が女性に何かしたとか、でもその被害者側がいろいろ脚色して言っただけとかいろんな憶測が飛び交っていたやつ。
 
新聞記事では「母親に訴えたが嫌悪感を示されるだけで何もしてもらえなかった」「自分よりもひどく被害を受けていた友人に会って話してみたら”名前も聞きたくないし思い出したくもない”と言ってて傷は深そうだと感じた」「牧師は信者にとって絶対的な存在だから被害に遭ったことを話しても”あなたおかしいんじゃない?”と言われるだけだった」などなど。数ある犯罪の中でも性犯罪が一番悪質だと感じる。他の犯罪もみな等しく悪なんだけど、いわゆる”生理的に無理”なのは性犯罪。
 
今年短冊スカイウォーカーをしたときに、性犯罪をして引退したYoutuberの復活を望む短冊を見た。復活を願うのは当然個人の自由だからいいのだけど、感情が拒否していた。まだあまり自分の中の理屈が通っていなくてどうして嫌なのかわからない。
夫に「槇原さんはお薬で何回か逮捕されてるけど彼はいいの?」と聞かれる。彼は別にいい、というかお薬自体別にいい。明確な被害者がいるかどうかは大きいかもしれない。お薬も長い目で見れば多くの人を不幸にしているけどそこがまだうまく見えていないので明確な被害者が存在する性犯罪の肩を持とうとしてしまう。あと後遺症が大きい旨のツイートも見るから被害の根深さも相まって。
薬物をやって錯乱して人を殴る、みたいなことになるとまたちょっと違うけど。ただその場合悪意の差も大きい気がする。個人的に使う目的でのお薬と、犯す以上必ず被害者が存在する性犯罪とではスタート時点での悪意の総数が違うように思う。お注射の結果人を傷つけるのと、最初から人を傷つける気満々なのとは。
あと性犯罪は再犯率がかなり高いと聞くので、Youtuberという人目につく仕事をやると彼を試すように写真を送ったり誘う人も現れるはず。それは不幸の道が敷かれるのと同じで、また新しい加害と被害者をつくることになる。なので彼のためにもあまり華やかすぎる仕事はつらいのでは……と思う。一切が素人の考えで恐縮ですが。
 
以前、長年にわたって性犯罪を行ってきて、今は性犯罪防止プログラムを受けているという男性のインタビューを読んだ。その人はいわゆるロリコンで「小学校の登下校の時間には絶対に外に出ないようにしている。子どもたちを見たら何をするかわからなくて、自分が怖い」と言っていた。
性犯罪は被害者のケアをしていくのは当然の当たり前の超大前提で、それと同時に加害者のケアも必要だ。でも今はそういったプログラムを取り入れている病院や施設は少ない。加害者を減らさないと被害者も減らないので、どちらも同じだけ力を入れないといけないんだよなあ。しかも性犯罪はひとりの加害者に対して多数の被害者がいるパターンが多いので、余罪の多さや再犯率的にメンタル的に不具合があるのだと思う、だからひとりの加害者が減るだけで被害者は相当数減る、はず。素人の希望的観測。
脱線したけど性犯罪に限らずすべての犯罪はいけないねという話です。
 
刑事ドラマの再放送を見てから岐路につく。いつもと違う店でお弁当を買う。
今回は清掃用品をメインで持って帰ってきた。排水溝の洗浄剤、洗濯槽の洗浄剤、お茶せっけんの試供品、台所用の拭き掃除シート、床掃除用のドライシート、などなど。引き続きそういう家計の助け方をしていく。シート類はもうぱさぱさでただの丈夫めな紙になっているかもしれないけど、だめだったら適当に床でも拭いて捨てたらいいし、あのまま無人の家にあるよりはいいだろう。使えるものを捨てるのはもったいない。
帰りに買ったベーグルがべらぼうにおいしかったので店舗を調べたら祖父の家のあたりにしかないらしい。通販ページを覗いたら「準備中」になっていた。悲しい。ベーグルは別に好きなものではないけどここのはなんか味がよかった。また来月片づけに行くから買って帰ろ。楽しみがある人生。
 
■7月14日水曜
夫が半年前からやっているゲームで、目指していたレベルに到達したらしい。すごく喜んでいて、昇格戦のキャプチャーを見せられ解説された。なんにせよめでたい。「ずっとゲームやらせてくれててありがとう、目標達成できたから他の作業もまた始めるつもり」と言われる。
そこ、そういう順番だったのか。それならあんなにぐちぐち言うんじゃなかった。てっきりいろんな現実逃避とかひたすら意地になってやっているんだとばかり、自分の望む方向に引っ張ろうとしてしまっていた。そういう順番ならもっとおとなしく待っているんだった。すまない態度を取ってしまったなあという気持ちになるし、先に宣言してくれという気持ちもある。
ランクが上がって他のプレイヤーに猛者が増えたせいか夫の暴言が減った。バッドマナーの怖いプレイヤーが減ったと夫自身も言っている。快適に遊べているならよかった。あと最近はイヤホンをしてくれいているのでゲーム音がなく、家の中が静か。これ、とっても嬉しい。いろんな要因が複合的に絡み合った結果家の中がよくなった。ピタゴラスイッチみたい。
 
上記のような、自分の中にある「導いてやりたい」「教えてやりたい」欲を非常におぞましい化け物だと思っている。ひいては感謝されることで必要とされている感を得られ、承認欲求が満たされるのだろう。己の自信のなさを他人からの感謝で埋めようとしているのがわかる。感謝を好意だと思い込んでいる(間違ってはいないけど常にイコールでつながるものではないと頭では理解している)。一連の感情の動きを含めて、自分は化け物がそれらしく服を着ただけの生き物だと感じ、おぞましい。全部込々でこの人間ができているので今はどうもしようもないのだけど、いつかよくなっていってほしい。完全にただの願望。努力はしたくないので。
 
なんと明日もレッスンをする。仕事の準備ができるのはなんともありがたいことである。
 
■7月15日木曜
レッスンのためアラームで起きる。ものすごく眠い日だったので帰ってきてから昼寝した、久しぶりに。
今日もお相手の人柄でつつがなく終えることができた。レッスンは3年ほどやっているけど、みなさんいい人ばかりでありがたい。怖い人にはまだ会ったことがない。アンケートもレビューもいいことばかり書いてもらえて、リピーターになってくれる人もいて、本当にいい人生だと思う。
 
だいたいレッスンのあとは家へのおみやげを買う。デパートをうろつくも今回はめぼしいものが見つからず、あまりにも眠かったので少し休憩してから帰った。なんと来週もレッスンがある、けど同日にワクチンの2回目を接種するのでおみやげを見て回る時間はない。もちろん副反応にびびっている。「固形物が一切食べられなかったから水と氷系のアイスだけ食べてた」と言っていた友人がいたので接種日が近づいたらそういったものを買っておきたい。スイカバーのチョコの種はからだ的に固形物扱いになるのかな。
キャンペーンで当選した映画の無料観覧券があるので、それもワクチンを接種する前に使いたい。今月末が期限なので副反応が長引いたらだめにしてしまう。夫が「好きそうな映画いくつかあるよ」と教えてくれるので楽しみにしている。映画久しぶりだから嬉しいなあ。全然趣味じゃないやつでも見ようかな、無料だからおもしろくなくてもダメージないし。
 
昨日一瞬の晴れ間の隙に洗濯したのだけど今日はがんがんに晴れていて、天気予報を見ない生活のつけを払って暮らしている。明日も同じくらい晴れたらタオル類を漂白剤につけて洗いたい。
 
コバエの近況は体感で微減。やはり先日のさなぎ捨てが効いたか。とは言えまだいなくなったわけではないので引き続きごみ箱付近にさなぎが増えていないか確認して、たまに排水溝にお湯をかけていく。すでにいる成虫の対策はどうしたらいいんだろう、やつらは意外と1ヶ月ほど生きる。めんつゆと何かを混ぜたものを置いておくとよいと聞くが、絶対気味悪いものを見ることになるのであまりしたくない。夫も同じ意見。
でも1回我慢して成虫を捕らえて、さなぎを捨てて、卵を死滅させたら解決するんだろうか。それなら1回くらい我慢しないこともない。ちょっと考えておく。
 
■7月16日金曜
がっちり晴れたのでタオル類を漂白剤につけて洗ってやった。夕方近くに干したわりに天気がいいからすぐ乾く、嬉しい。お風呂場の足ふきマットもまとめて洗う。
天気がいいのは嬉しい。気温が高いのは嬉しくない。1日ものすごく暑くてクーラーを入れる。なんでこんなに暑いかね。夏だからか。苦手な季節。
 
思い立って株を指値注文する。すでに保有している銘柄の買い増し。約定するだろうか。
昨年末に株を始めてからだんだんと保有銘柄が増えている。まんべんなく値上がりもしている。急がずゆっくり値上がりしてくれればいい。週明けすべてが倍以上に値上がりしてくれていてももちろん嬉しい。売るかは別として突然の値上がりはおもしろいので。
 
夜中創作をやる。いつもは友人とタイトルだけそろえて内容は好きにする。今回は趣向替えで内容をそろえてタイトルは好きにやる。最初に決めたタイトルから違うものになりそうで、それはそれでいい。
「進んでる?」と夫に聞かれ「見切り発車だから全然だめ」と言う。「でもおもしろい?」とさらに聞かれたので「おもしろいよ」と返事。をしてからいやおもしろいか? 産みの苦しみも多いよ、と思った。そのあともう1回、いややっぱおもしろくないとやらないよなあと考え直す。トータルで15年近くやっていることがつまらないはずがない。これをもう15年やってると思うと怖いな。年取ったら当然のように俳句を詠むんだろうな。
 
■7月17日土曜
コバエ対策にめんつゆと水を混ぜたものをつくる。昨日食事のとき夫が虫に大声でぶち切れていて同じことをしそうになった。大声を出すほど嫌なら自分でやってくれてもいいのにと思う。めんつゆが対策になることは知ってるんだし。台所に夜設置して深夜には1匹かかっていた。一番いいのは設置したけどなんらかの理由で家からコバエがいなくなってハッピーというオチだけどそうはいかなそうだ。夜中涼しいことだけがよいことだった。
去年ジョギングで使ってたシューズが保管方法的にかびているに違いないとずっと確信していた。怖くて放っておいたのを気が向いて恐る恐る見てみたら案の定だった。しかもコバエのさなぎまである。どうなってるんだよこの家は、汚すぎるだろうが。すぐ靴を漂白剤につけてさなぎを集めて捨てた。ちりとりに取ったものを夫にも共有し、ふたりで同じ鳥肌を立てる。責任払い。1回家を大掃除しないといけなんだけどいろんな理由をつけて避けている。こういうときに人の愚かさを実感する。
 
昨日注文した株が約定した。嬉しい。どんどん値上がりしてくれ。
金銭特化のエンディングノートに追記することがあったのを思い出してノートを開く。修正箇所も見つけたので赤を入れる。これで一通り書けたはずなので、読めるかどうか夫に見てもらう。
「この”気をつけてね(にこちゃんマーク)”って書いてるのとか、紗季さんに何かあってから見たら泣いちゃうんだろうね」「カエルのフィギュア見ても泣くし、何見たって泣くよ」「やっぱそうかなあ」「長生きするつもりですよ」と会話。
今時点で自分が死ぬことは怖くない。痛いのは嫌だ。あと夫が死んで、自分が残されてしまうのも嫌だと感じている。死ぬこと自体は一向にかまわない、その後のすったもんだなどは好もしくない。今はそういうスタンス。もっと年を取ったら死ぬこと自体も怖くなるだろうか。死が怖くないのは若さゆえの縁遠さか、無知なだけか。
 
そういえば通販で買っておいてまだ外に来ていないズボンを履いた。何日か前に。生地が薄いのでこの時期にちょうどよく重宝しそう。丈も引きずろうと思えばできる長さでよかった。色味も今まで着たことがないタイプだけど使い勝手がよく、気に入っている。
ほしい感じの服はだいたい手に入ったのでクローゼット改造はいったん完了。あとは色Tシャツが1枚ほどあると嬉しいのでのんびり探す。
使わないカバンもそろそろ処分しないとなあ。1回も使っておらず別に好きじゃないデザインだけどもらいものなので捨てるのは微妙に気が引ける。ブランドものならメルカリなんかで売れるだろうけどブランド品ではない。親からの誕生日プレゼントなのでなんか悪いなあと思ってしまう。自分で買ったものなら遠慮なくいけるのだけど。
 
おわり
 

7月4日~10日 ”はわはわクラシック”って何?

■7月4日日曜
都議会選。期日前投票をしていたので忘れていた。選挙に行くのは好きだけど結果をそんなに気にしない傾向がある。
 
レッスンで使う資料のコピーがてら、スーパーへ。肉魚をもう1食分買ってあった気がするがもう使い終わったのか? といぶかしんでいたら、冷蔵庫を開けたら肉が1パック残っていた。やっぱりあるじゃないか。
もっとも、今日買い物に行かなければ明日のレッスン後に行かないといけないので、結果オーライということにする。
 
1日中よい心持ちではなく、終日軽くいらついてる状態だった。全然よくない。家にはびこる音量問題をことさらにきつく感じる。おそらく解決しないし、問題だと捉えているのも私だけなので、どうすれば逃げられるのか考えないといけない。
ふたりの間に問題が発生したら、解決への手順を考えて提唱するのはいつも私だ。これもまたきついこと、孤独さがある。毎度やっているが、別に得意なわけではない。進めないと進まないからやっているだけ。本当は協力してほしい。その旨も何度か言った気がするけど変わらないからもうお手上げ。もしくは言った気になっているだけ、そうならまだ希望はある。あるのかなあ。
明日レッスンがあることも相まって、したくをして少し早めに床につく。考えてもかけらも楽しくないことが頭を駆け巡る。聞かなければ答えの出ない人の気持ちを延々妄想し、さらに昔の失敗を思い出して追加で自滅している。それが恒常的に、年単位で続いている。メンタルはずっとバグってる。
ほぼ毎日後者の失敗の思い出しはしているが(なので思い出すという言葉は不適切、常にあるから)、それでも傍目には結構元気な人だと思ってもらってるだろうし、人生に前向きに生きている。どういうメンタルの頑健さだよ。自分でも不思議。まじめには生きているつもりだったけど意外とそうじゃないのかもしれない。それならそれでいいか、おもしろければ。
 
■7月5日月曜
レッスンのため早起き。朝ご飯を食べてみじたく。家の読みかけの本が軒並み分厚く、持ち運びに適さないので適当な本を持って行くことにする。大﨑茂芳の『糸を出すすごい虫たち』、30ページほどしか読めてないがもうおもしろい。クモの糸の実験をしたいのでクモから糸を引き出したいが難しい、というのも割り箸に乗せて振ると糸を出して逃げていくが、失恋直後の人間などにやらせると乱暴なのかほしいものと違う種類の糸を出す、らしい。笑ってしまった。人間に文字通り振り回されてクモも大変だ。
 
今日は長時間のレッスンだったがお相手の人柄もあってつつがなく終わった。こうして細々と仕事させてもらえるのはありがたいことだ。ただ今後はやり方を少し変えたいので、サイトを直しておかないといけない。自分にとってよりよいやり方を模索している。
レッスン自体はやっぱり嫌いではない。でもそのためにがんばりたくはない。放っておいてもなんとかなること、努力しなくてもなんとかなること、おもしろいことしかしたくない。そういう人生でいきたい。がんばることをかなり毛嫌いしている傾向にある。「がんばるってことはもう自分には向いてないって言っちゃってるじゃん、やらない方がいいってことじゃん」と思う。
がんばることそれ自体が目標になっているならもちろんそれは最高の状態で、いくらでもがんばる方がいい。
 
解散してから次のレッスンのための買い出しをした。すごく久しぶり。必要なものだけ買って5分で退店した。毎週のように行ってそれなりの金額を買っていたのがなつかしい。1時間くらい平気で悩みながらうろついていた。
ついでに足を延ばしてデパートで夫へのおみやげを買う。バターステイツなるものだが、「おひとり様20箱まで!」という注意書きがよくて買った。まあまあ買える注意書き。わざわざこんな注意書きが出るってことは「20箱しか買えないの?!」って肩透かしになる人がいるってことなんだよな、きっと。さぞおいしいのだろう。
実際味はおいしかった。最近クッキーというものにお熱なのでいろいろ買いたい気持ちがある。あとどら焼き、暫定世界一のどら焼きがあるので本当に世界一かを確かめるべく調査しないといけない。
 
デパートを出たらかなりおいしそうなメープルシロップの香りがしたので鼻を頼りに周辺探索。あっちへ行ってコーヒーのにおいに変わり、こっちに行ってにおいがなくなり、ここか? というお店は見つかったけど、近寄りがたかったので退散。無念。次は恐れずに行きたい。
 
梅雨なのを忘れて傘を持つのを忘れた。レッスン中、まあまあな雨が降っていて祈るともなく祈る。雨が降ったのはそのときだけだったので事なきを得た。相変わらずついてる。よく晴れて暑いくらいの日。
 
帰宅、夫がつくってくれたご飯を食べる。げにまことおいしい青椒肉絲と卵スープだった。つくるのに2時間かかったらしい。
大規模接種センターのページをたまに覗くもやはり空きはない。夫の接種は市での予約の方が早いかもしれない。ワクチンを受けられればどちらでもよいのだけど。
 
第11章にさしかかった『仕事本』をちまちま読む。世界はこのころより少しはましになっているだろうか。
 
■7月6日火曜
夫より問い。
「日記(紙)に書いてる”はわはわクラシック”って何?」
妻より解。
「ふたりでやったじゃん、こう、はわはわしながらクラシック歌うの。曲は忘れたけど」
「……。あ! 思い出した、あれかあ、あれ”はわはわクラシック”なの?」
「便宜上ね、とりあえず書いておかないとわかんなくなっちゃうから。今一般名詞になったよ、共通認識できたから」
一般名詞って何人くらいに知れ渡れば一般名詞と言ってもらえるんだろう。ふたりでもいいの?
 
恒例の月1の体重測定。1年3ヶ月で体重が6kg、体脂肪が2ポイント減った。骨格筋量は1ポイント増えた。体脂肪は体重計によってまちまちだし同じ日でも上下すると聞くので神経質にはしないものの、同じ体重計で測って減っているという部分にだけ一応注目している。
この1ヶ月は本当に何の運動もせず家からもろくに出ていないけど1kg減っていた。世の中には不思議なことが多い。
 
左右社『仕事本』読了。
1年以上かかってしまった。いろんな職種の人が残した2020年4月の記録。それから1年が経った。世界はある面で見ればよくなり、ある面で見れば悪化しているんだろう。でもそれってずっとそうで、どんなに平和な時代があったとしても、望まない人から見たらつまらなく冷めた時代なんだと思う。今だって誰かにとってすごく生きやすいんだろうな。
 
ドッグイヤーを見直して印象に残った部分の要約。
ごみ清掃員・マシンガンズ滝沢さんの日記。その日の清掃の相棒がコロナウイルスを気にするようすがないので「怖くないの?」と聞くと「怖い」と言う。でもなんの対策もしてないじゃん、と続けると「気づかないふりしてます」と。目に見えない細菌に気づいてしまうとこの仕事はできない、彼はこの仕事を続けたいがために気づかないようにしている、というもの。
清掃員として気づかないようにしている人はお金のために、生活のためにそうしていて、自分を守るという行動の、選択肢の多さにはっとする。もしかしたら違うのかもしれないけど、「流行り病はただの風邪」と主張している人たちも近い理由でそう思っているのかもしれない。人は結構、思い込みでどんな姿にもなれる。
別れ際のカップルにもしばしばこういう時間がある。もうとっくにおしまいになっているんだけど、終わらせる勇気がないからいろんなことにふたをしている人たち。
 
イラストレーター・新井リオさんの日記。「結果(=こうなりたい)だけを目標にしていると、自分の手の届かない要因によってそれが叶わなかったとき、一直線で不幸になったりする。/だからもっと、過程(=こういたい)を大事にした方がいいんだろうな。/社会では結果がすべてと言われるけど、これって少し冷酷だとも思う。もがいてもがいて結果を出せなかった人間や、そもそも現状維持をすることに着実な心地よさを感じている人間に存在意義はないのだろうか。」「そしてそもそも、僕は、僕たちは、社会的な結果を求めすぎていたのだと思う。(中略)だからこそ、自分が心地良いと思える状態や、もっと個人的な成長過程を、いまこそ楽しんでみるべきなのだ。」
一字一句違わずに同じ気持ち。いつでも漠然と「(社会的な)成功」が降って湧いてくることを願っている。でもそれは自分が行ったことに対して、行った分だけ、少しずつ着実に返ってくるものだ。
社会的な成功という文脈での社会は、自分が日ごろ自然と祈るようなすべての子や人の幸福がある社会ではなくて、もっと乱雑で即物的で、金銭が濃く絡んでいる。自分が祈る理想的な社会と、成功をもたらしてほしい社会が結びついていない。脱線した話。即物的な成功をばかリ願ってしまうが、もっと人間らしく、己の心のよさを追求していきたいなあ。でもそれに先立つものは即物的にお金というのが世知辛い話。しょうがないね。
 
→全然本編に関係ないですがこのシリーズの装丁がすごく好きです。『〆切本』は実家に置いてあってまだ読んでいないですが、これも装丁が好きなので買いました。『〆切本』の色味って原稿用紙と直しの赤ですね、今気づきました。
 
→今見たら赤ないですね。帯が朱色だった気がするんですが気のせい?
カバーとカバーの返し、裏表紙に書いてある懺悔を見るだけでも十分おもしろくて、買った瞬間元を取れました。読み終わってないですが以上のことからすでによいことはわかっているので紹介します(読み終わってないものやよさがわからないものはリンク貼らないようにしてます)。
 
■7月7日水曜
七夕。夫が忘れているだろうから教えてやろうと思っていたら夫に先に言われた。知ってたんかい。
せっかくだし七夕っぽい食事でもと思うも、そういった要素がなんなのか思いつかず断念する。いつもどおりの1日。アイスを買いに行こうとして行かないのもいつもどおり。
 
レッスンサイトの募集要項を書き直す。要素を削って時間を短くした。年2回も開催するかどうかだけど、次自分が楽するために、今少しだけ時間をかける。そういう物事の進め方はいい。他のレッスンの内容も直す方がいいんだろうけどそこまでは少し手間なので、追々。
 
急にやりたくなって逆転裁判の123パックを探す。ケースはあるけど中身が空なので3DSに入っていることだろう。押し入れより発掘された3DSを充電する。まだつくのか? 錆びたりしていないか心配。動いてほしい。
 
夜中1時ごろ晩ご飯を食べる。夫が居間で人とゲームしていたことや、最近の音量への嫌さが増していて台所で食べる。トイレットペーパーの袋を横にしてお盆を乗せて食べた。衛生面に配慮しておくと、トイレットペーパーは廊下に置いてある備蓄品で、まだ一度もトイレの棚には置かれていない。そしてこの廊下は台所につながっている。
食べるのは自分だけだし、つくる気力がなくてツナ缶を開けてマヨネーズで和えた。一応気持ち程度に小鉢に出す。あとインスタントの味噌汁に残っていた米。質素。でも戦時中に比べればずいぶんなごちそう。居間からの声も小さく、風が入ると涼しくて、さっきまでの「いやすぎる!」という気持ちがやわらいでいく。こういう時間も自分には必要なんだなと気づく。無理してがんばって一緒にいることはない。
よく考えたら私が外に出るときはたいてい人と会う用事でだから、本当にひとりになる時間って今はほとんどないのか。わざわざひとりの時間をつくるためにお金かけるのもなあと尻込みしてしまうし、夫も出かけないし。まあそういう時期もあるか。
 
寝る前にストレッチしながら新聞を読む。
2020年8月11日の国際欄を読み、夫に「紗季さんからベラルーシの大統領の話聞くのうけるな」と言われる。わかる。
内容の覚書。当時ベラルーシで行われた大統領選で当選確実となったのはアレクサンドル・ルカシェンコ氏。得票率約80%。氏は「国父」を自任しつつも「欧州最後の独裁者」と言われているような人物で、この度6期目を迎えんとしている。経済の低迷、新型コロナウイルスへの無策、選挙前の有力候補者や反対組織になりかねない独立メディアの徹底排除など、現行政府に反対する市民も多い。
対抗馬として出馬した主婦のスベトラーナ・チハノフスカヤ氏の得票は約10%。「選挙結果を認めない」と主張するも、独立国家共同体の選挙監視団は「選挙の合法性に疑問を呈する余地はない」と見解を述べる。
なおベラルーシは、チェルノブイリ原発事故の最大被害国とされている。
 
レバノンでも首都ベイルートで大規模爆発があったようで、ディアブ首相が辞任。なんでも爆発の原因は2014年に貨物船から押収された大量の硝酸アンモニウムで、適切な処理がされないままベイルートの港に置かれており、今回引火したと見られている。運送相は「硝酸アンモニウムの欧州を命じた司法当局に対応を求めてきたが何もしなかった」と述べている。
爆発の被害総額は150億ドル(当時で約1兆5800億円)と言われており、3月に債務不履行に陥った経済危機に拍車をかける。港の国内最大級の穀物貯蔵施設が壊れ、食料供給にも不安がある上に、今年(2020年当時)中に国民の半数が貧困層になるという予想もある。とのこと。
 
2記事ともかなりパワーのある内容で思わず読んでしまった。去年の8月なんてエアコンつけてだらだらしていた記憶しかない。世界では、というか扉1枚隔たれば向こうで何が起きてるかはわかんないよなあ。
 
■7月8日木曜
逆転裁判123探しが難航。義弟に貸してたよと言われ捜索依頼を出すも見つからず、困っていたところに「そこの箱の中にはないの?」と天から声が聞こえて解決した。おお夫よ、ありがとう、あなたのおかげで1本の迷えるソフトが救われました。
見つかったもののまだプレイはしていない。毛糸のカービィの体験版を少しプレイした。
 
1年ほど難しく考えていたことについて長めに話す。一時的に快方には向かっているけどこの魔法がいつまで続くのかはわからない。やれることをやっていくしかない。肉体がある以上、それを凌駕した動作はできない。しかたのないこと。
 
よっしゃ買うか、と思って株を買った。今回は夫には事後報告。寝ている夫を起こすついでに「いくらの株を何口買った、優待がこういう内容で配当がいくらだから利回りが何%で株価はこの10年でこういう感じで」と一気にしゃべる。寝起きの夫は半分以上寝ているのだけど、あとでちゃんと起きてから「さっきの覚えてる?」と聞くと「いくらで何口でこういう優待でしょ。もう創立100年くらいなの? 何の会社?」と聞いてくるのでいつもすげ~と思っている。あんな目も開いてないのにどうやって聞いてるんだ。
ちなみに買った直後から株価は下がっている、そういうもの。優待の権利落ちの月には倍くらいに上がった気がする。長期保有するので倍くらいじゃ売りたくない。
 
ドラマメンタリストをはらはらしながら見る。最後の大事件。ジェーンとリズボンはどうせくっつくんだろうなあと言いながら見る。
 
■7月9日金曜
夫の通院日、付き添い成功。朝から友人の創作更新通知をもらい、よい気分。帰ってから読むことにしていた。
通院後はわからなくなっていた暗証番号照会、支払い、今月の生活費の預け入れなど銀行関連のことをする。暗証番号照会はセキュリティ的によい方法でやってくれるんだろうと思っていたらかなりざるな感じでやってくれて、思わず夫と顔を見合わせる。同じ顔をしていた。その方法はちょっと怖すぎるのでやめてほしい。あとこの暗証番号も何? 心当たり全然ないんだけど。
 
昼食を食べてから100円ショップへ。お風呂の排水溝の髪取ネットやS字フックを買う。大きい100円ショップに行ったらフック専門コーナーが棚1列分あって、昨今のインテリア人気を思う。吊るす収納ね。
買ったS字フックは縦の長さが足りずに引っかからなかったので力でどうにかした。床に置いていた袋をぶら下げることができて嬉しい、床が見えると部屋が広くなったように見えて気分がいい。部屋片づけないとなあ。
お風呂の髪取ネットは母に、見つけたら買っておいてほしい旨伝えていた。無事自分で買えたので大丈夫になったと連絡したら「もう買っちゃった!」と返信。やはり。先に聞いておくんだった、これは実の娘として母の動きを見誤ったことによるミス。せっかくだから予備としてもらっておこうかな。買ったものもそのうちだめになるだろうし。
 
帰宅、家計簿をつけてから心して友人の創作を読む。今作が一番好きかもしれない、なんでかすごいグッときた。性癖に刺さる。感想を送り、そのまま流れてジャンルや古のインターネットについてつらつら話す。
昔(と言っても10年ほど前)はこういうことを話すのもまず何度も掲示板やメールフォームでやり取りして仲良くなってからだった。そのあとはリアルメールアドレスをゲットして、何度もメールしてまた仲良くなって、予定を合わせてチャットを開いたりしていた。今はTwitterでお互い時間が合えば不定期に始まる。すごいことよほんとに。インターネット大好き。オフ会も楽しかったなあ。
友人の創作に触発されて私も書こうと思ったが日記に時間がかかって今日は断念。タイトルを決めてから書きたいタイプ。
 
1年前からつけていた、その日覚えたことや知ったことをつける日記のページがなくなった。新しいノートでもと思ったけど、ノート自体は用途限ではあるけどたくさんあるし、用途限が外れてフリーになっているものもあるのでそれから使うことにした。気軽にノートを買ってしまうけどそうそう使い切れないんだから、途中まで使っているものを使い切らないと。
今までの知識メモは手帳型(それも夫が買って結局使わなかった2020年の)だったけど新しいノートは罫線だけのベーシックなもの。たくさん知った日はたくさん書ける自由さがいい。ノート自体も好きなメーカーのものだし。文具はmidoriが好きです。
ノートはこれを使っています↓。
 
→スピンがもう1本あればベストですが、紙の柔らかさや色味の優しさ、行の幅などいろいろちょうどよくて気に入っています。ページが多くて自由にたくさん書けるのも嬉しいです、何度か日記を書いてはやめてを繰り返した痕跡があるけど、それでもなおページ数に余裕がある。元々176pページあるそうです、その分重たい。
紙がクリーム色で、いつも使っている茶色のインクがよく映える。青もきれいに出ます。糸綴じでどのページもぐっと押せばしっかり開けるのもいいところ。リング綴じじゃないから左のページを書いていてリングにぶつかることもないです。
ややもすればつまらないくらいの見た目ですが、どこに持って行っても邪魔しないという意味で充分だと思います。何用にもおすすめのノートです。ちょっと高めなのが難点ですが、ここの会社が好きなので私は全然気になりません。
 
ドラマメンタリストを見た。シーズン6終了。
やっぱりジェーンをリズボンは付き合うんじゃないか。きみたちはマーカスがかわいそうだと思わないのか?
アメリカのドラマや漫画ってヒーローとヒロインの恋愛が必ず入るんだけど日本の漫画ってそこまででもないよね」と夫。
「何をおっしゃる、多くの漫画でサブシナリオに恋愛はありますよ」と私。
世界が平和になったら結婚するのはセオリー。
 
■7月10日土曜
暑すぎる。なんなんだ今日は。家に風が通りにくく、外の方が涼しいのでエアコンをつけると悔しい気になる。熱中症になってもよくないからおとなしくつければいいんだけど。窓の外に手を出すと涼しい風が流れていく。心地よく、気に入っている動作。
暑いということは洗濯日和でもあるのでがんがん洗濯していく。1回目と2回目の洗濯で、柔軟剤を入れる部分に洗剤を入れたことにはまだ気づかないふりをしている。柔軟剤は入れてない、完全に忘れてた。暑いとぼんやりしちゃってだめだなあという話ではない、寒くてもたまにやっているから。
 
夫が人とゲームしているので、プレイ画面を見たり見なかったりした。暑くて何もできない。何をしていたのかあんまり覚えていない、本は読んでいないので何もしていないのかも。
 
陽が落ちてから買い物に行く。米がもう1合分も残ってない。明日からまた祖父の家の片づけに行くが、その間夫が米を買いに行くかと聞かれれば怪しいので先に買いに行く。グラノーラなどもついでに買う。惣菜は悩んで、買わなかった。外ははやり涼しい。もう少し早めに買い物に出て、ついでに公園でも散歩したらよかったなあ。牛乳を買うので難しいのだけど。最近散歩ができていない。
スーパーでの会計は今年からキャッシュレスにしてポイントを貯めるようにしていたが、貯まらなくなった。すごく悲しい。キャッシュレスへのチャージ分しかポイントがつかず、使う甲斐がない。来月からはまた現金支払いに戻す。せっかく便利に使っていただけに残念。しかたのないこと。
 
なんとなく台所のごみ箱を持ち上げたら羽虫の卵を思しきものがびっちり落ちていて「ぎゃっ」と言った。作画は楳図かずお先生であった。夫が寝ていたので起こして一応見てもらい、自分で処理をした。おぞぞ、である。だから最近コバエのようなものをよく見たのか。ただの季節的なものだけではなかったのか。
ふと、羽虫の卵は何日で羽化するのか気になって調べる。ひとつ調べては画像を見て「ぎゃっ」と言うのを何度かやり、さっき処理した卵はおそらくショウジョウバエのさなぎであろうことが発覚。排水溝のあたりに卵を産み、生まれた蛆があそこでさなぎになったのだろう。蛆の行進を想像してまたおぞぞとなった。10日ほどで成虫になるらしい。さなぎは結構な数があり、あれが一斉に羽化したらと思うと今日気づけてよかった。思い出して鳥肌が立つけど、処理できたのでよしとする。
その後ネットから得た知識で排水溝に60℃ほどのお湯をかけ回して卵の駆除をする。コバエを気づかず食べたりするとハエ症というものになるらしいので無益な殺生だとは思わない。でも変に希望を持たせて卵を産ませてしまってすまない気持ち。せっかくだし生まれたかったよね、その気持ちはわかるよ。
 
夫は「ハエって腐った食べ物が好きなんでしょ? それがもうきしょいよね。新鮮なものならまだ気持ちはわかるのに」と言う。
腐ったものを食べることで他の生き物との食料がかぶらないからいいんじゃないのかなあと返事。気味悪いのはそのとおりだけど。もっとも新鮮なものにたかってても「ぎゃっ」と言うよ、私は。たかられた部分は捨てないといけないし。そういう意味では腐ったものを食べてくれる方が気が楽。捨てるのにも気兼ねない。
 
レッスンの予約がまた入る流れになっている。今月は4回も開催するのか、ありがたいことだなあ。
もう少ししっかりアクセサリーのレッスンをやるようにしてもいいんだろうか。悩んでいる。でもそのためになにか努力しようとは思わないんだよなあ。
 
昨日上がった友人の創作を読み、またあらためてグッとくる。なんでこんないいものを書けるんだ? その脳をくれ。
 
思い立ったので記事のカテゴリ分けでもしようかな。日常のこと、本や映画などの感想、考え事および学びと知見、日々の改善、おもしろかったやり取り、あたりで。どの日記もだいたいすべて含んでいるから意味なさそうな気もする。感想があるかどうか。
 
おわり
 

6月27日~7月3日 このレシピ、ほとんど餃子なのではないか

■6月27日日曜
祖父の家の片づけ2日目。昼すぎに起き、昼食ののち母と用事を済ませる。帰宅して片づけ。着手しているほぼ倉庫部屋が、叔父の若いころの荷物ゾーンに到達してしまったので一時ストップ。生きている人間の荷物なので本人に見てもらってからにしようということになった。すでに2箱ほど捨ててしまったことを申告。
倉庫部屋はかつてリビングとして使われていた部屋らしく、大きないすやテーブル、棚が置かれている。叔父の荷物以外はそういった大掛かりなものばかり。家具らは上にまだものが乗っていたり、サイズ的にすぐには出せないものも多いのでこの部屋はしばらく何もできなそう。
あと電球が半数切れていて夜は暗い。造花が入ってる袋にいつのまにか蜂が入り込んでずっと脱出を試みているのも怖い。袋の口に段ボールで重しをしてふさいだ。しっかりと針を持った蜂である、よりによってこんな造花の花束に紛れ込んでしまって。
でかめの虫の羽音は立ち向かえないほど恐ろしい。カブトムシが一番だめ、からだ全体が粟まみれになる。蜂よ、逃がしてあげられず餓死を望む私の弱さを許してほしい。あるいは私が帰ってからうまいこと袋から抜け出す奇跡を願う薄情さを。
 
倉庫部屋が進められないので居間のタンスに着手する。「おこころ」のような文言が印刷された薄い小箱がたくさんあった。綿のハンカチが入っている。祖母の法事のときに祖父が用意した香典返しの余りだろう。法事でも結婚式でも、世代が変われば様式は変わっていく。祖父が執り行った祖母の式と、母が執り行う祖父の式を思い出す。
 
夜、関ジャムを見る。ボーカロイドP特集だったので楽しく見た。メルトや千本桜を聴くといまだに「いい曲だ」と思う気持ちと、地上波ゆえの気恥ずかしさが少しある。
あまり言ってないけど初音ミクのフィギュアはプライズや受注生産含め13体くらい持っている。彼女はかわいいので。深海少女の受注生産フィギュアをまだ開けていなくて、10年近く実家で眠っている。溶けたりしていないか時折心配している。行動に移さない心配は心配していないのと同じ。
 
■6月28日月曜
東京に帰る日。昼から約束があったので母とばたばたしたくする。用事の先でおみやげにと高級食パンをいただいた。ほんのりと塩味があっておいしいパンだった。
用事のあと母に地元デパートで誕生日プレゼントを買ってもらった。角長皿を2枚と木のまな板。当初は汁椀で考えていたけど皿の方がきれいだったのでそっちにしてもらった。淡いグリーンがよい。角皿は魚がよく映える。
お会計のとき、母が角皿の上で支払いをしようとして「お客様、こちらに」とトレイを出されて一緒に笑った。形がね、同じだから。
 
デパ地下でお弁当を買って電車に乗り込む。お弁当をつつきながらなにを話すでもなく話し、駅に着いたので先に降りた。
連絡の行き違いがありながらも夫と待ち合わせしてスーパーをぶらつく。帰っておみやげを披露する。高級食パン、母がおやつにしようとしていたカシューナッツ2袋、大きめのさつまいも、チョコがけのポテトスナック、350mlのコーラ、生八つ橋、せんべいなど。
それと台所に吊るしているハンドタオルの替えにもらってきた手ぬぐいたち。現役ハンドタオルたちがまたにおってきたら容赦なく入れ替えていく。
 
サンキュータツオ『もっとヘンな論文』をちまちま読む。
『「坊ちゃん」と瀬戸内航路』がめちゃめちゃすごくておもしろい、超ドラマティック(これも自分の本心でおもしろいと感じたのか、サンキュータツオさんが大変な熱量で推しているから感化されているのか判断つかないのが苦悩ポイント)。
なんで国文学系の論文雑誌じゃなくて航海論文雑誌に送ったんだろう。まあ著者の山田先生が船の人だからなんだけど、船の間口を広げたいなら国文学系の方に送る方が研究者人口的に効いた気もする。
この論文で『増補改訂・漱石研究年表』の内容は変わるのだろうか、変わっていてほしいな。こういう人を見ると突き抜けていくおもしろさをひしひし感じる。まじでかっこいい、ほんとに最高。私もこういう姿勢を取っていたい。
 
■6月29日火曜
朝から張り切って役所に用事を済ませに行く。夫関連で受け取るものがあった。雨が続くかやむか微妙なところだったが、予約をしていたためもう出ないといけない。ふたりとも気が進まないなか玄関を開け、5分も歩かないうちにずいぶん晴れた。夫は晴れ男である。心配性を併発しているため大きなビニール傘を持って「自分を信じるんだった!」と悔しそうにしていた。私は折りたたみ派だし、晴雨兼用の傘なのでノーダメージ。
 
よく晴れて暑いほどだった。洗濯してくるんだった。
予定していた用事は滞りなく終わり、おまけの用事も済んだ。
私が事前に何を聞くか、どんな持ち物が必要か調べ、当日夫メインで窓口で話を聞くという分担になっている。私は人の話を聞くのが苦手、問い合わせするのも苦手。夫が話を聞く横でなんとな~く一緒に聞いて理解し、あとで「これというのはこういうこと?」「ちょっと違うかな、これはね」と教えてもらう流れができあがっている。これ本当にありがたいこと。
夫も夫で事務手続きなどは着手するまでがかなりめんどうらしく放っておきがち、でも「放っておいている」という重しが心にずっとあっていい気分ではないらしい。ここ何回かは「この書類つくるのお願いしていい?」と頼んでくれるので喜んでやっている。新型コロナウイルスのワクチン予約とか。全然取れなかったけど。
せっかく異なる人間がふたりいるのだから、苦手なことは遠慮なくやってもらったらいい。これも人間の生存戦略のひとつだと思う。
 
「用事が済んだ記念に」と夫がコーヒーに誘ってくれたのでカフェに入る。
「紗季さんは宗教に明るくないって言ってたけど、自分はどの宗教の考えが一番合ってると思う?」と聞かれる。宗教という概念はかなり好きだがまったく明るくない。仏教、キリスト教イスラム教のうちどれが一神教かしか知らないし。強いて言えば多神教が好きだが。
イスラム教は人には生まれる意義があるという考えがあって、例えば目の前に車に轢かれそうな子どもがいたら、自分はこのために生まれてきたんだって命を投げ出せる人が多いよ。死ぬ覚悟が決まってる人が多いとも言えるかな」「この覚悟がそういう方向に決まった人がテロを起こして過激って印象になってしまうことはあるよね。もちろん医者として人を救うことが私の意義だと思う人もいるし、子どもの命を救うことがそうだと信じる人もいるよ」などと教えてもらい、それはそれとしてこんな知識がすらすら出てくる方に驚いていた。うらやましい。やはりお勉強は人生を豊かにする。
それはそれとして。新訳聖書を途中まで読んでいた時期があるが、おもしれ~と思わなかったのでキリスト教にはそんなにはまらないんだろうな。やっぱ仏教かな。
 
■6月30日水曜
またも持ち前の器用さで起きながらにして寝違えた、癖になっているのか。「人は体育座りをした状態から手と反動を使わずに立ち上がることはできない」という情報を得て、夫に披露している最中にやらかした。すぐに湿布を貼ってもらって安静にする。少し横を見るのにからだ全体を向けないといけない不便さを嘆く。
洗濯物を干すのやご飯づくりなど夫にやってもらう。これも本当にありがたいこと。コウケンテツ先生レシピのしゅうまいをつくってくれた。このレシピ、ほとんど餃子なのではないか。焼いてるし、「見てください、この焦げ目!」ってコウケンテツ先生言ってるし。焼き目がついた面を上にして盛りつけしてるし。醤油とラー油と酢で食べたらおいしかった。餃子じゃん。
 
寝違えると寝返りを打つのに一度身体を完全に起こしてから反対側に寝直さないといけない。ひとりでできるからまだいいけど、自分でできない高齢者の世話をするとなったら大変だろうな。床ずれは名前のわりにきつい病気だと聞く。
 
月末なので家計簿を締める。
夫の誕生月なのでそれなりの出費がかさみはらはらしていたが、鶏むね肉と豚ひき肉のおかげで最終的になんとかなった。外食も少しした。その上で今年の1月~5月くらいの貯金もできたのでよしとする、大変よくできました。
楽天ポイントが今月はそこまで貯まらず、1,000円ほどしか使えなかった。これでも充分なのだけど。
その他ポイ活は例月通り調子のよいものもあれば、そこまで伸びなかったものもある。とは言えこんな隙間時間のちまちまでお金になるものがもらえてありがたい限り。大事に使っていく。
 
ドラマメンタリストを見る。レッド・ジョン編解決。
先にwikiを見てレッド・ジョンの正体は知っていたもののどんな手順で解決していくのかは知らず、楽しみにしていた。
正体がわかってからの解決が1話だけだし、正体も追い詰めたというよりは相手方が自発的にお披露目してくれたし、撃たれて走って逃げるのを追いかける肉弾戦だし、あんまり知能犯っぽくなかったので残念。
孤高の頭脳派連続殺人犯かと思っていたら大掛かりな組織の大幹部らしいし、情報のもみ消しができたのもなんだかなあ。絶対に証拠を残さない狡猾さが売りというわけでもなかったのがまた、うーんと思ってしまう。金田一の少年で言うところの高遠遙一をイメージしていたから。
というか「大幹部のひとり」みたいなことを誰かが言っていたけどレッド・ジョンがいなくなっても組織は続くということなんだろうか。シーズン6の残りはその話だろうか。レッド・ジョンが組織をつくったのか、既存組織が彼を誘ったのかもどっちなんだろう。
なんにせよちょっと「えーっ」という感想を夫と話した。
 
■7月1日木曜
引き続き首を寝違えているが、痛みがだいぶやわらいでいたのでにスーパーへ行く。お会計を済ませ怒りの帰宅。怒りと言うほど怒ってはないけど、悲しいことがあったので夫に話を聞いてもらう。夫からの同意を得て満足する。悲しいものは悲しいけど、いったん気が済んだ。
 
ほったらかしているレッスンサイトから問い合わせが入る。もうなんの手入れもしていないのに、見つけて連絡までしてもらってありがたいことである。開催の方向で日程の調整をする。
11月ぶりのレッスンらしいができるだろうか。資料などよく用意しておかないと。
 
ドラマメンタリストを見る。
レッド・ジョン編の解決がいまいちだったのでこれ以降は蛇足ではないかと不安。おそるおそる見る。何話か見て、そんなに蛇足的つまらなさでもないかもと思い直す。リズボンとジェーンは付き合うんだろうか、どうかなあ。
アボットの吹き替え声優誰だっけ、という脳トレをした。「あの、ほら、SMBCモビットの人」と言ったら夫はわかったらしく、「”た”で始まる人」というヒントを出してもらう。20分くらい考え、最終的に下の名前の頭文字まで言ってもらってやっと「竹中直人」が出てきた。嬉しい。
「辛抱強く待ってくれてありがとね」
「ほんとよ。結構我慢ならなくて言っちゃう人も多いと思う」
本当にありがたい結婚である。
 
先日母と会ったときに「もう関東は梅雨入りしてるよ」と言われた。そうなの?
どおりで連日雨続きで、なんとなくからだもぼんやり重たいと思った。暑ければ頭痛が起きるけど、雨が続けばやはり血管が縮むか膨張するのか頭が重くなる。でも雨は降らないと困る場面がある。恵みの雨はゆっくり巡ってくるから。
と、言っても洗濯したいけど雨だし、でも洗濯かごはいっぱいだしというジレンマを抱えている。3日降ったらしっかりめに晴れてほしい。結局洗濯はしたけどもう全然だめ、ずっと濡れてる。
 
■7月2日金曜
もうこれを書いているのが7月4日に入ったところで、正直何があったか全然覚えてない。己の記憶力が心配。とくに変化のない日々をすごしているのも大きめの要因。覚えておきたいなら覚えておけるような日々をやっていかないといけない。
 
レッスンサイトに別件で問い合わせが来た。これもまたありがたいことである。まれにこういう感じで立て続けに連絡が入る。どういう巡り合わせなんだろうなあと思いつつ、粛々と返信し、日程を決めていく。とんとんと予約を入れてもらえるのはこの上なく嬉しいこと。
レッスンすること自体は嫌いではないのだけど、もう少し他の教えもできるようになりたい。収入にまつわる柱をどんどんつくっておきたい気持ちがある。いろんなことができるとおもしろいし、毎日違うことができて嬉しいから。変わっていくことへの抵抗がなく、これは同時にずっと同じ場所にいると飽きるということでもある。性格は変えられないからしょうがないね。
 
今日もずいぶんな雨が降っている。気が重たすぎて2回昼寝をした。夫ともどもぐったりしている。
月初なので銀行周りをしたいが雨の日は出かけたくないのでできない。天気予報を見るとたっぷり向こう1週間は雨予報。急ぐ用事ではないからかまわないものの、まだこんな体調が続くと思うと気が滅入る。雨は大事だが、日差しも同じくらい大事。夜勤にだって手当てがつくんだから。
 
夫がやっていたアプリアーチャー伝説をちまちま進めている。今レベル71、ダンジョンは11とヒーローの9。多分。
少し前からダンジョンのモンスターから卵をゲットし、孵化させて農場で飼えるようになった。小さい画面の農場にモンスターがうろうろしているのがかわいらしいのでまめにプレイしている。
今は7、8種類くらいのモンスターがいる。みな親の仇(卵は、そのモンスターを倒したときにドロップできる&孵化させるためにはそのモンスターを大量に倒さないといけない)の農場でどんな気持ちでいるのか。いずれは謀反してダンジョンに帰りたいと思っているのだろうか、それとも生まれたときから主人公の農場にいることを疑問には思わないのだろうか。
ペットたちに苦労はさせていないはずだが、気持ちを直接聞けるわけではないのでなんとなく気になる。私はこのペットらをしあわせにできているだろうか。せめて彼らが違和感がないといいのだが。
 
■7月3日土曜
サンキュータツオ『もっとヘンな論文』読了。
奇妙そうだと本屋で適当に買ったらやっぱり奇妙な本だった。本が奇妙なのかここに登場する研究者らが奇妙なのかはわからない。両方だと思う。
ここ数年、集中力や学力の低下から論文然とした論文を読むのが苦手なのでこうやって書き下し(語弊)てくれるのは嬉しい。読みやすい。まさしくあとがきにあるように「「こっち側」から「あっち側」へ皆さんを案内」してもらってしまった。
昔から研究者や先生という人種がなんとなく好きで、だからこういう本も自然好きなのだけど、今からでも自分がその道に進んでいくことだって当然できるわけで。この先生きていって、深く知りたいことができたら、この本に出てくる在野の研究者たちのようにどっぷり時間を使えたらいい。「これについてなら一生話せますよ」みたいな人生の持ちネタがないので、そういうものができたらいいいな、という半分程度祈り。
 
 
漫画『ワンピース』の51巻あたりから99巻まで家にあるので99巻の2話くらい読んだ。あらすじの段階で当たり前にみじんも話がわからないのでいちいち夫に聞いた。
「四皇って悪いの?」
「悪いよ、海賊だから」
「シャンクスも悪いの?」
「シャンクスは別」
「このキャロットはビッグマムの城でチョッパーと鏡の中で魔女と戦った人?(アニメ情報)」
「その通り」
「ペドロはビッグマムに落とし前か何かで寿命を奪われて、そのあとルフィたちが乗り込んできたときにハンプティダンプティみたいな人と庭で戦ってた?」
「完全にその通り。たまご男爵ね」
「それでなんでキャロットは「ペドロの兄貴の死がなければこんな戦いもなかった」って言うの?」
「それはね(詳しく聞いたけど忘れちゃった、要は弔い合戦らしい)」
「いちいち聞かないで最初から読めって思う?」
「思わないよ。読んではほしいけど」
「いい人だねえ」みたいな話をした。有名すぎてなんとなく食指の伸びない作品『ワンピース』。シャボンディ諸島でみんなが合流するとこまでは読んだ気がする。一応。
 
そのうち読む棚に置いてあった本の整理をする。1ページもめくってない本と、読み終わってもう1回読もうともって完全に忘れていた本が入り混じっている。読んだ本はカバーをかけっぱなしなのでどれが何なのかわからない、由々しき事態なのでカバーは一部残して処分することにした。読んだ本もいったんあらかたタンスにしまって、空いたスペースにゲームソフトを突っ込む。床面積が少し増えた。いいこと。
 
タンスにしまう前に「一汁一菜でよいという提案」を少し読んだ。
「庭の掃除を終えてすぐ木の葉が落ちても、掃除する前の庭に”戻った”のではなく、掃き清められた新しい庭に新しい木の葉が落ちたのです」という部分が好きだったのを思い出した。やり直しになるのではなくて、一見さっきまでの庭に戻ったように見えるけど、それは新しい変化ですよという諭しの文。
日常にもこういうことはあって、「ああもう!」と思いがちなんだけどそうではないよね、確実に前進しているよね、と励ましてもらっている気持ち。いい本はいつ読んでもいい。
 
 
おわり
 

6月20日~26日 闇医者なのでそういったことはしない

■6月20日日曜
夫のへそは深く暗い。私の親指をすっぽりと包む。
自分のへそが標準だと思って生きてきた。初めて夫のへそを見たときは感じ入ったものである。このような蟻地獄めいたへそもあるのか。
ある日どんなきっかけか夫のへそを見やると不穏な気配がした。目を凝らして見ると大きな声が出た。蟻塚があるではないか。蟻地獄のような深いへその底から鋭く聳え立つ蟻塚。黒く、底はどっしりと広く、先端はきらめくほど尖っている。美しい円錐形のひとつとして算数の教科書に載せてもよいくらいだった。
とは言っても夫のからだに白アリが巣食っているわけではなく、よく見れば埃の塊なのだが、妙に立派なので圧倒され、写真に収めた。
どうやら夫のへそが深すぎて奥の方がうまく洗い切れずに長い時間をかけて埃が蓄積され、蟻塚となったらしい。夫に言ったら「えっ、やだ、すごい汚いじゃん……」とへこんでいたので毛抜きで取ってやった。ティッシュに取りあげてふたりでまじまじ見つめた。捨てるのが正直ちょっともったいなかった。めずらしいから。

また少し前、へそを見ると蟻塚ができている。もちろん夫のからだに白アリが巣食っているのではない。例によって埃である。
前回に比べて幾分か小ぶりなので、頼み込んでしばらくそのままにさせてもらった。もう少し育ってからきれいにするつもりだった。ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女と同じ発想だな。こういうときに人間性が出るんだ、しょうがないな。
いよいよ今日、蟻塚のようすを見てみたらさほど育った感じがしない。どうしようか。夫に聞いたら「汚いからきれいにして」と言われたので仕方なく蟻塚摘出手術を行った。

軽い気持ちで始めた手術は思いのほか難航した。ヘンゼルとグレーテルが片時も離れないように、私はここにあることが自然なのですと言わんばかりに患部と蟻塚は癒着していたのだ。
蟻塚の先端は毛抜きで容易に取れるが、底の方がしっかりへそと癒着している。幅広の毛抜きでは奥の方は摘まめない。へそはジャングルよろしく奥まれば奥まるほど年季が入っており、埃と垢と皮膚が固く強く結びついている。手ごわい。イヤイヤ期か。
毛抜きの他にらせん状の耳かきも使った。さいわい家に2本あるので使っていない方に登場してもらった。しかしへそはあまりいじると腹痛を引き起こすので軽い力で行う必要がある。これが難しい。ちょっとこする程度ではかけらも取れないのだ。

本格的な手術をやる必要が出てきたので夫には横になってもらい、スマホのライトを持ってもらってスタンド代わりをお願いした。夫のへそは深く暗いのだ。ライト代わりになってもらうのは夫の奥歯に挟まったえのきや肉を取るときもやってもらっているので手慣れたものである。しかし夫はからだのあらゆる奥部分の清掃を私に頼んでいるな。
まずは耳かきで全体を軽くなでる。なでて取れる分なんてたかが知れている。戦であれば一足飛びに敵の大将を取りたいが、これは手術なので焦ってはいけない。道をつくらないと。
夫が「痛くしないで……!」「それ痛くなりそうだよ!」「怖いよ~~~」「でもきれいにして……」とひんひん言っている。教科書には湿らせたコットンをへそに突っ込み埃をふやかしてから摘出すべしと書いてあるが、私は闇医者なのでそういったことはしない。へそ専門のブラックジャックなので。やんわりと時間をかけてこそいでいく。
ただ少し力を入れると「痛くなりそう……」と言うので今日は取り切れんかもしれないと一抹の不安を覚える。細かい埃や垢は取れているけど、シミのように広範囲が灰色になっている箇所が一向に小さくならない。やっぱり正規の手順の方がいいのか。一応椿油をしみこませた綿棒でこすったりもしているけど、そんなもんじゃとても太刀打ちできない。

手術開始から10分ほどして夫が寝た。横になると10分以内に寝る人である。
ライトスタンドが機能しなくなり、ひとりでライトスタンドと執刀医を兼任する。歯医者のあのライトが急激にほしくなる。体感でOSADAのライトを使っている歯医者が多いが人気ブランドなのだろうか。
ちなみに歯医者の施術中目を開けてると言ったら夫が「怖!」と大笑いしていて少数派らしいと知る。みんな先生の顔見ないの?

夫は一度寝るとそうそう起きない。もしかしてチャンスか。さっきより少し力を入れてへそをこすっていく。夫はちらと身じろぎもせずぐうぐう寝ている。われ勝機を見出したり。
耳かきを使ってへそを強めにこすっていく。あとでおなかが痛くなること必至な強さ。今後一生へそが汚いよりは一時的に痛くてもきれいになる方がよかろう。
さっきまで微動だにしなかった灰色のシミ部分がわずかに端からこそげてくる。浮いた部分を毛抜きで回収しティッシュの上に並べていく。手術における麻酔の必要性を肌で感じた。夫も同じ気持ちで寝ていただろう。麻酔抜きだったら患者がうるさすぎて手術どころじゃない。「素人は黙っとれ」と絶対に言ってしまう。
漫画『漂流教室』で主人公の翔ちゃんが盲腸をやって医者志望のクラスメイトにほぼノー麻酔で手術してもらうシーンがある。クラスメイトの彼だって麻酔したかったに違いない。とは言えこのときは敵対勢力(のちに和解)に翔ちゃんの不調を気取られないために、手術中はどんなに痛くても絶対に声を出さないという約束の元実行されていた。思い返せば小学生のくせにおそろしい胆力である。だから翔ちゃんはリーダーを務めあげられたんだろうなあ。
確か最後の方で幼馴染の女の子が麻酔効果のある草花を持ってきてくれて麻酔をしていた。できればそれを待ってから手術してあげてほしかった。麻酔効果のある草花が敵対勢力の敷地にあって、殴られながらも必死に取ってきていた気がする。こちらもまたすごい胆力。最後この子のために帰れないのだっけ。

麻酔のことはさておき、大きなシミのような垢の端を毛抜きで挟めても、癒着がひどくてちょっとやそっとの力では剥がれない。「ぎりぎり皮膚とかかさぶただったらどうしよ」と不安になりつつ、ままよと取ったら案の定垢だったとパターンを何度もやった。シミの一部が赤くなっていたのは今思えばTシャツの繊維だろう。新手の黒ひげ危機一髪。よもや夫も寝ているうちにへそで黒ひげ危機一髪が行われていたとは思うまい。
体感1時間ほどして夫のへそからすべての垢が取り除かれた。ティッシュに取れた垢や埃を並べていたら手練れの下着泥棒からの押収品展覧会のようになってしまった。夫を起こして披露したら「きっっったな……」と唖然としていた。
一番の大物は米粒3~4個分の大きさだった。しっかりと固いし黒い。手でつぶしてもつぶれない強度。それが2個ほどある。恐ろしいへそだ。
丹念な手術のかいあってへそは見違えるほどきれいになった。取れた垢たちよりもよほど大きな達成感に包まれている。皮膚の色が均一で、なめらかで、明るい。発光しているよう。きれいになったのが嬉しいのでたまにへそを見せてもらっている。夫も一緒になって「きれいねえ」と惚れ惚れしている。楽しかったしこれ仕事にしようかな、へそ医。臍中医

手術と並行して洗濯をする。台所に吊るしているハンドタオルがどれもにおうので試しに衣類用漂白剤に漬けてから洗う。干してから定期的に嗅いでみると全然におわない。こんなことがあるのか。科学は偉大だ。夫と小躍りする。へそもタオルもすっかりきれいになったおめでたい1日。

■6月21日月曜
ルーンファクトリー5をやらなくなったのですることが一気になくなった。さみしい。
その分他のことに充てられる時間が当然増えているのだが、やりたいこととしたい気持ちは別なのでそうそううまく着手しない。冷蔵庫と違って隙間ができたらすぐに詰められるというわけではない。人の心の難しさ。

深夜Plastic Treeを聴く。高校生のころ、仲良くしてもらっていたテキストサイトの管理人が好きだと言っていたのをきっかけに聴くようになった。東北に住んでいる方で、一度プラのライブで会おうという話になったが、どういう理由でか会わなかった。ライブには行ったから相手のチケットが揃わなかったのかもしれない。文通で知った文字の独特さや、便せんにしみついたお香の匂いを忘れない。においを言葉にすることもできないのに、もう10年覚えている。
時期を同じくして、もうひとり当時から仲良くしてくれているテキストサイトの管理人がいる。というか全員同じマイナージャンルに属していて、全員知り合っている。大変悲しい事実だがジャンルのメンバーはこれですべてだった。とにかくドマイナージャンルだった。
後者の人とは今もTwitterでつながっていて、たまに締め切りを合わせて創作もする。そのタイミングで前者の人のサイトを訪れ、空気感を吸収することがよくある。この人の文章がひとつの理想だった。
この人が今も創作をしていたらどんな文章を書くんだろうとか、そういえば各々同士で連絡は取っていたけど3人で同時に連絡を取り合うことはなかったなとか。当時私は携帯電話しか持っていなかったしLINEのような連絡ツールもなかった。大事なメールは消えないように鍵をかけて、SDカードにもバックアップを取っていた。

ふと思い立ってサイトのメールフォームから連絡してみる。メールアドレスを交換していた気もするけどもうとっくになくしているし、自分のアドレスは変わっている。相手のもきっとそう。
だからあの人のサイトに登録されているアドレスも随分古いものだろう。メールフォームから送っても音沙汰がないことはわかっている。それでももし可能性があるなら試さずにはいられない。わざわざこんなに重たいふたを開ける必要なんてないのに、わからないままにして希望を持っていればいいのに。
祈るような気持ちになる。添えたTwitter宛てに連絡が返ってくること、相手が元気であること、彼女が望む環境に身を置いていること。

ほどなくしてTwitterにフォロー申請があった。
「えっ?!?!」とどきどきしながら開いたら出会い系誘導アカウントだったので即時ブロックをして寝た。タイミングが悪すぎるだろ。

■6月22日火曜
新型コロナウイルスワクチンの1回目の接種。大手町の大規模接種センターへ。Googleアプリが大規模障害で落ちており、検索が使えない状態。出先が地図が見られないことに家を出る直前に気づいた。夫に地図のスクショを送ってもらったのでなんとかつけるだろうと改札を出たら「大規模接種センターこちら」の看板を持った職員らが等間隔に立ってくれていたので助かった。
迷わず着くことができ、接種もスムーズ。予約枠がすべて埋まっているにも関わらず、到着から15分もしないくらいで接種が終わった。噂には聞いていたけど本当に早かった。
副反応も1回目だからか筋肉痛的な痛みがあるだけ。腕を持ち上げたり後ろに持って行くと痛いものの、気をつけていればまったく問題ない。接種1回目でも3週間ほど経てば発症を80%ほど抑えられるらしい。2回目を打ち終わるまで引き続き気をつけてすごす。

と、言いつつ。久しぶりに大手町まで来たのでそこらを歩く。
オアゾ丸善手塚治虫ブッダ』の2、3巻を買って、タントマリーの閉店を嘆き、大丸で楽天チェックをやって、適当ないすに座って『ブッダ』を読んで、桃とクッキーを買って帰った。桃は3個1,550円と2個1,260円とがあって迷っていたら、桃2個+りんご+オレンジで1,080円の謎パックが出現したのでそれにした。よくわからないけど何か2個くらいタダになっている。
たまにはこういうことをやらないといけない。外出先の休憩スペースで本を読むみたいな行動でしか養えない器官が人体には備わっているから。

2020年8月11日の西日本新聞を読む。以前土鍋を買ったときに緩衝材としてやってきた新聞である。
1945年の沖縄戦で、首里の司令部壕で戦闘を指揮した牛島満司令官のお孫さんについての記事を読む。
「(牛島司令官は)米軍が首里に迫ると抗戦するか、沖縄本島南部に撤退し持久戦を続けるか決断を迫られ、45年5月27日に南部撤回を開始。多くの住民が戦闘に巻き込まれ、犠牲者が激増した」。「米軍は降伏勧告したが6月19日に最後の命令を出して、同22日に摩文仁の司令部壕で自決した」。
最後の命令というのが「最後まで敢闘し、悠久の大義に生くべし」というもの。糸満市の平和祈念館では「牛島司令官の自決が戦闘の終結ではなかった。この命令で最後の一兵まで玉砕する終わりのない戦闘になった」と解説されているのだそう。
また牛島司令官は「秋待たで 枯れ行く島の 青草は 皇国の春に 甦らなむ」という辞世の句を残している。
「秋になる前に枯れる沖縄島の若者の命は、本土決戦に勝利して春になった天皇中心の国によみがえるだろう」……。

こういった司令官の行動に対し孫である牛島貞満さんが次のように言っている。
「祖父は必ず本土決戦があると信じて疑わなかった。天皇中心の国の体制を守るために沖縄で時間を稼ぐ。大本営に対して、持久戦継続をよりアピールする作戦として、南部撤退を選んだ。『最後まで敢闘』と命令して自決したのも、司令官自らが死ぬことで『終わりなき沖縄戦』を完成させようとしたのだろう」。

戦争のこはとまったく詳しくないのだけど、読んでてきつかった。
父が昔「作家は「時は江戸」と1行入れるだけで、そのドラマをつくろうとしたときに多額の金を使わせることができるんだ」と言っていたが、それが人の命でできてしまった時代だったのだろう。
夫の祖父も戦争を経験しており、「天皇陛下万歳と言いながら特攻するやつなんかいなかった。みんなお母ちゃんって言いながら死んでいった」と言っていたらしい。上へのアピールと、それを遂行する下の者。銃でからだに穴が開かないだけで、今だって構図は変わらないんだろうな。深夜やりきれない気持ちになる。

こういったオチもないし暗いし、な話を夫はうんうん言いながら感想を交えて聞いてくれるので感謝している。銃撃するゲームをしながらだからめちゃめちゃ皮肉なんだけど。

■6月23日水曜
「知り合って10年、付き合って7年、同棲して半年にもなると惰性や情で付き合い続けてしまう」というツイートを見た。そうえいば惰性で何かを続けた経験ってあんまないかもしれない。
何かやっているのに忘れているのかもしれないが、自分の性格的に惰性で続けられるほど我慢強くないので多分本当にやっていない。幼少期は超がつくほどの癇癪持ちで、何か我慢できないことがあると泣いてその場からてこでも動かなった。ほぼ子泣きじじいと同じ性質。そんなやつが惰性で何か継続できるはずがない、辛抱強さは親の胎に置いてきた上に他の兄弟が根こそぎ持って行った。

夫に惰性の経験があるか聞いてみる。「惰性で生きてるって思ってるよ。やりたくてやってることもないし」との回答。もちろん死にたいわけではないよと註がついた。
「生きていることは楽しくない」のと、「かと言って死にたくもない」という気持ちが両立するのは知識としては知っている。だけど経験したことがない。実体験としての理解はできていなくて毎回少し混乱する。どういう感情で生きているんだろう。生きてるのっておもしろいじゃん。
この「かと言って死にたくもない」のは死ぬのが怖くて勇気がないのか、死ぬほどの絶望はしていないのか、痛いのが怖いのか、死ぬ方法を考えるのも億劫なのか、どれに該当するんだろう。私は「死ぬ気がないなら諦めて生きていくしかないじゃん派」なのだけど、諦めてそこに振り切ることもできないということ?
となると、生きるも死ぬもきっかけがあればどちらにでも転がれる自由さはあるけど、現状どちらにも覚悟を持てていないという解釈でいいんだろうか。この筋立てあってる?

仮に筋が合っていたところで体験していない以上感覚は肉薄してこない。
近い経験では3年間足しげく通っていた無料漫画サイトへのアクセスをやめたことくらいか。先週の展開を覚えていないのに毎日アクセスして見る意味がないと気づいて急にやめた、惰性の時期を多分に含んでいた。
おもしろくて読んでいた作品ももちろんある、そんなにおもしろがっているなら買うだろうと己を信じてすっぱりやめた。結局どれも買っていない。まあそんなもんだろう。無料だからすることはなくなっても困らないものだと知っている。お金をかけたいと思えないものに、お金で得られない時間を費やすのはかなりつまらない。無料分に費やしていた時間は有料積み本たちに充てる方がいい。そういう考えがある。

「生きていることは楽しくない」「かと言って死にたくもない」のは、どちらにも希望を持っているのだと思う。
のめりこめるものが見つかれば「生きてるのっておもしれ~」とわくわくするだろうし、立ち直れない絶望が迫れば自決も考えるだろう。そうした姿は抗えない何か大きな意図によって指針を示してもらう日を口を開けて待っているようにも見える。悩んでいる時間や揺れている時間が好きという人もいるらしいし(これもあんまりわからない感覚、悩むのってそんなにおもしろいのか?)。

生きていればあとから「いややっぱだめだわ」と思って死ぬことはできるけど、一旦死んでから「やっぱり生きて~」と思っても同じ時代の同じ肉体、同じ精神に生まれることはできないんだからとりあえず諦めて生きる方に全身で転がってみれば、とは思う。
私はとくに死にたいと思ったことがなければ「生きてるとおもしろいことがあるし、せっかく生まれたんだしもう少し生きてみるか~派」なのでこの肉体を維持している。ただこれは「死にたいと思ったことがないメンタル強者」の意見なので、まじに死にたい経験をした人たちにしてみれば狂人に見えるだろうし、こういうことを言う人間をめちゃめくちゃ怖く感じるであろうことも予想できる。
なのでもちろん無理強いはしない。好きに生きて好きに死ぬのが一番いいし、人格を疑われそうなことを承知で書くと、なんなら自決がもっとも人間らしい生き方だと思っているくらいなので。他に自決する動物っている? という意味でです。念のため、一応、予防として書いておくと自殺を推奨しているわけではありません。その死に方を否定しないし、諸手を挙げて賛成もしない。

とは言いつつ、生きるにせよ死ぬにせよ覚悟を決めないことには生きるつまらなさはついて回るわけで、さっさと腹括る方が楽だよと思う。実体験で。もちろん無理はいけないから好きなタイミングで決めればいい。人間なんて自分のために生きて死ぬしかできないんだから。

■6月24日木曜
サンキュータツオ『もっとヘンな論文』をちまちま読む。競艇場の場の論文が好きだ。抒情的。競艇場に言ってみたくなる。パチンコや競馬などおよそギャンブルと名のつくものに興味がある。一切したことがないから。
親にとっても子にとっても生まれること自体がギャンブルだからそれ以上の賭けをする必要も意味もないが、せっかくなので生きているうちにいろいろやってみたい。ビギナーズラックがあっても理性でやめられるうちに。

こういった「誰かがまとめた誰かのおもしろ」を読んでいると自分でそういうものを探す力が失われいてるのを痛感する。
元々この作者のような論文探しはしていないが、漫画や小説も映画も「あの人がおもしろいって言っていたな」というフィルターがかかる。よくも悪くも。誰かがおもしろいと言っていたものが自分にもおもしろく感じられるかはまた別だが、人のジャッジを経由しないと自分のジャッジの俎上に上らないのは余りにも情けない。
人の意見を聞くという意味では大事なんだけど口を開けてただ待っているだったり、そこから何も考えず停止線でブレーキ踏んでるのは自己嫌悪対象になる。考えることをやめると時間の密度が10分の1くらいまで減る気がする。昔の男が「お勉強しなさい、考えることをやめてはいけないよ」と言っていたけど今さら死に際の弁慶くらいぶっ刺さってくる。

今の情報量と行きかう速さはすさまじく、人が投げるボールを回避するのは正直難しい。でもインターネット、ひとまずSNSを遮断できればいい。さすがにネット回線を落とすのはデメリットがあるので本を読んだり勉強することでSNSの時間を減らすようにしている。他のことをしている時間が多くはないので減ってるようないような体感だけど、他のことをしている以上、SNSの時間は確実に減っていると言える。これぞ意志の力よ。

SNSは本当におもしろいのだけど、最近は疲れる。つらいばかりの炎上、嫌なニュース、コンテンツの表層だけ消費していく自分、コンテンツになれない自分、知らない誰かをうらやんでいる自分、常に誰かのおもしろさのおこぼれをもらっている。好もしくない気持ちに心が寄っていく。この重たく粘ついた引力から逃げていきたい。変わっていきたい。
どんな経験をしていきたいか、何が詰まった脳にしたいか、どんな引き出しを増築したいか、ひいてはどんな人生をやりたいか、自分で選んでいきたい。自分がどんなものをおもしろく感じそうかを自分で判断していきたい。私は誰の人生をやってると思ってんだ? 自分のだろうが。
↑現代の哲学では「自分の本当の肉体はコールドスリープ的な夢を見せる機械に入っていて、今のこの自分はコールドスリープ中の”本当の自分”が見ている夢」という可能性をはっきりとは否定できないらしいです。大河さん曰く。何年か前に聞いた話なので2021年時点でどうかはわからないのですが(なぜならこれも人が聞いたおもしろをごっつぁんしているだけでアップデートしていないから)。
だから「自分の(人生)だろうが」と書きましたが、厳密に私が推し進めている人生ではなく、誰かが見ている夢だと思うと足元が歪んできますね。それもまたロマンだ。哲学も科学も興味ある。

■6月25日金曜
夫の通院に付き添う。久々の付き添い成功。
本屋を冷やかし、お昼を食べ、もらいもののスターバックスのチケットの期限が迫っていたので参拝がてらスターバックスへ行った。

神社にいたとき、トンボを見ながら「複眼って脳への負担大きくないのかな」「トンボは「私はどこから来てどこへ行くのか」なんて考えてないから大丈夫なんじゃない? 思考って大きい負荷だから」「餌! 餌! 天敵! 天敵てんてき! くらい?」「いや、ふーんふーんふーん、キュッキュッキュッ(カーブ)、ふーんふーん休憩~、くらいよ」「わはは」などと話す。
「でも実はトンボが超高度生命体で人間の調査に来てたらおもしろいよね。愚かだから滅ぼそうかな~とか」
「今の科学では解明できてないから可能性あるね」
何事にも転用できる超便利な言葉。

おみくじを引いた。相変わらず「アーごもっともでございます」となる内容。
副収入的にひとつやろうとしていたことがあった。心ではそんなにおもしろくなさそうだと思っていて、おみくじの結果から、少なくとも今やることではないのだろうな。そういうことは始めても続かないし、億劫になってしまう。結局はやりたいことをやっていくしかない。
「やりたいことをやろう」って時代柄毎日まいにち書かれるけど見つからないと濃いめの呪いだよなあ。見つからなくて苦しんでいる人もいるだろう。
でも心としてはやりたくないことよりはやりたいことに気持ちを振っていきたい。私が夢中になれることってなんだろう。いろいろ途中まではできる方だと思うけど、始める前からわくわくして、寝る間も惜しみたくなるようなことって?
見つからないまでの苦しみは見つけるまでも楽しみと思うしかない。「王を追い詰めるための最短の一手が、最も美しい一手だとは限らない」みたいな一文を思い出す。小川洋子の『猫を抱いて象と泳ぐ』より。超愛の本。

ユニクロで服を買う。チノパンとTシャツ。「そのチノパン今までで一番痩せて見えるよ」と夫に言われる。夫と知り合ってから今が一番痩せているというトリックも効いている。

■6月26日土曜
久しぶりに駅弁片手に祖父の家の片付けに行く。家の窓を開けられるだけ開けて、お墓に花を飾って、お線香を焚く。墓地近くの空き家に猫が何匹か住み着いており、見るのを楽しみにしている。猫はいつ見てもいい。
主に母の話を聞いており片付けは進まず。「世にも奇妙な物語」などテレビドラマもいくつか見た。三途の川アウトレットのありそう感いいなあ。小さいころは「世にも奇妙な物語」があると聞けばテレビにかじりついていた。思い出のドラマ集。

プロレス番組も見た。思ってたよりも動きはゆったりしていて、まじのケンカではなくて見せ物なのだなあと知る。
広い意味での暴力はあるものの、ジャンルとしては即興劇だ。そう思えばもう少し取っつきやすいかもしれない。でも怪我してるのは痛そうであんまり見ていられないんだよなあ。プロレスはまだ少し遠い。スポーツ全般が遠い。もう少し身近にしておきたい。
母に「痩せた?」と聞かれたので勢いづけて走ったりしたいな。言うはやすし、行うはかたし。

深夜アニメにアンダーグラフのCMがあった。「ツバサしか歌ってない一発屋」と揶揄していた知り合いがよぎる。
というかこのアニメの作画めちゃめちゃ平成初期だな。ちょっと驚いた。紫の僕っ娘エンジニアの人がかわいいですね。
なんとなく見ていたけどこのアニメ今日が最終回? エンディングに出てくるサブキャラクターたちがひとりもわかんね~、知ってれば「あ、あの子だ」って思えるいい時間を味わえね~。
政治への風刺で再放映してたのかな。スポーツと政治の切り離しを求める内容だったので。

あの平成初期作画アニメのあとに美少年探偵団やるのもすごいな。作画の圧が強い、気合い入れすぎではないか。美の暴力。
こちらも最終回だった。西尾維新はいつ何を見たり読んだりしても想定している西尾維新感を250%増しで来るから嬉しいな。食べたい味の真ん中をやってくれている。
クビキリサイクル』の334ページらへんで誇張ではなく必ず泣く。成長を感じるからかなあ。他に誇張なく泣くのは漫画『最終兵器彼女』の1巻です、なんでかわからないけどあれはほんとにだめ。泣かずに読めなくてティッシュがもったいないから実家に置いてある。あれどうして泣いちゃうんでしょうね。ぼんやりした子が大きなことに巻き込まれるのには弱いのかもしれない。
それで言うと西尾維新作品はわりと意志の固い人間が出てきて、それはそれで嬉しい。

おわり

スマホからの投稿だとフォント設定もタグづけもできないんですね。帰ったらフォントなどよくします。

6月13日~19日 ウインナーと卵だけが現実

■6月13日日曜
スピリチュアルに傾倒している人のブログを読む。知り合いの知り合い(非顔見知り)である。
スピリチュアルに傾倒する人はみんな同じことを言っている。誰かの考えをコピーしているというよりは「多くの人が本当に”同じ意識体(怖い言い方ですね)”とつながっているから同じことを言う」感じ。
世界中の誰に聞いても1+1=2と答えるように、彼らが信じるあるひとつの意識や理念があって、それに基づいてみんなが同じ意見を持っている。すごくおもしろい。版元が同じと言うか参照先が同じと言うか、登るべき山はひとつなのだろう。
「本物の霊能者はみんな同じことを言う。みんなが同じもの(=その人の守護霊など)を見ているから」と読んだことがあって、それと近いのだろう。
 
スピリチュアルに傾倒する人が言っていることには私は納得している。
よく聞く文言としては「好きなことやわくわくすることだけしよう」というもの。そらそやろ、である。この「そらそやろ」なことを基に現実の出来事を解釈していくのも好きなところ。
例えば私の実体験でメンタルの不調から休職→退職というコンボを繰り出したことがある。これを「好きなことをやれって”宇宙意思(これも慣れないと怖い言い方ですね)”が言ってるんだ」と取るか、「ストレスでぶっ壊れたんだな、次はもう少し合ってることをしたいな」と取るかの話で。言っている内容としてはほぼ同じだけど前者の解釈力の高さに毎度拍手をしてしまう。
昔夫から「アフィリエイターはどんな話からでも自分の商売の話に持って行けないといけないんだって」と聞いた。遠からず、である。
※スピリチュアルとアフィリエイトを同じものだと言っているわけではありません。私のシナプスの都合で思い出すだけです。
 
スピリチュアル界隈は考えがシンプルで、そこがすごくいい。
好きなことをしな、わくわくすることをしな、一緒にいて心地よい人とだけ一緒にいな、みたいな「楽しいことだけして生きていこうや」感がある。まあ魂がゴールを目指して何度も生まれ変わるのが本当なら、今世で無理矢理嫌なことをする必要ないわな。人生はこれっきりではないのだし。
 
なんとなくスピリチュアルブームが来ているのでホロスコープももう1回勉強してみようかな。夫のホロスコープを読もうと思って完全に忘れてた。私は霊感の類はまったくないが、目がふたつあって言葉を理解できるので星は読むことができるのだ。
 
■6月14日月曜
アンケートに答えていて「私は何の趣味もないのか」と愕然とすることがよくある。
酒は飲まない、タバコも吸わない、化粧もしない、ショッピングもしない、ブランド品もおしゃれも興味ない、おかしもそんなに食べない、ジュースも市販のコーヒー飲料も飲まない、運動も本格的なことはやってない、配信SNSやソシャゲにも興味ないし課金しない、Youtubeも週1でネットラジオを聞くだけでYoutuberの動画はもう見てない、無料漫画も読むのやめた、住宅の購入も興味ない、ドラマや音楽のサブスクリプションも入ってない、ギャンブルもやらない、お勉強もしてない、カフェもドトールで充分だし3ヶ月に1回も行かない。こう並べると毎日何をやっているんだろう。すごく不思議な気持ち。
でも毎日おもしろいし、生きるっていいなとよく感じる。好きなものがあって、好きな人がいて、生きるのがおもしろくて、それでいいんだろうな。でも何か新しい趣味はほしいな。夢中になれるものがほしい。くもんのドリルを買ってあるから義務教育でもやってみるか。学力コンプレックスをなんとかしたい。
 
昼ごろ夫が寝ていた。
揺り起こしてお昼を食べるか聞いたら要らないとのことだったので目玉焼きとウインナーを焼いた。
食べ終わって洗い物をしてからもう一度夫のようすを見ると「紗季さんがウインナーと卵のハンバーガーつくってくれるって言ってたけど、ハンバーガーはなくて、ウインナーと卵だけが現実だった」と小さく芯のない声で言ってまた寝た。家にパン類がないばっかりに夢を叶えられなくて私も小さくなってしまった。
 
エラー落ちがあまりにも多く、近いうちにソフトを折りそうだったのでついに自分で調べた。長時間プレイによるセーブデータの肥大化が原因ではないか、と考えている人が何人かいた。こまめなセーブはもちろん、適宜スイッチ本体の再起動をかけていくとよいらしいので実践。
1~2時間ほどプレイしたらスイッチの再起動をかける。今日も1日やっていたけど一度も落ちなかった。再起動のたび直近のイベント専用会話が必ず差し込まれてそれはそれでめんどうだけど、突然落ちる苦しみに比べればなんてことない。やはり困ったときは人の意見を仰ぐのがよい。
 
子どものころゲームボーイを買ってもらった。ポケモンのレッド、ブルー、グリーンが発売されたころである。
1日1時間までねと言われたが私と弟は大いに破っており、何度もゲームを没収された。兄は律儀に時間を守り、没収された私たちを尻目にゲームで遊んでいた。勉強も真面目に取り組んでいたので学業の成績もよかった。親が目指した子の姿であろう。
大人になってもこんなに遊んでしまうのに、今よりも理性も落ち着きもない子どもが1日1時間なんて守れるはずがない。最終的に1年近く没収されていたおかげでゲームへの興味がなくなり、荒業的に解決した。返してもらってからはあまり遊ばなかったと思う。ポケモンのルビー・サファイアが出たころだった気がするが。チャンピオンリーグに行くよりもひみつきちをつくって遊んでいた。
ゲームを返してもらったあと、ゲームボーイアドバンスを買ってもらっていた気がする。クリスマスか誕生日に買ってもらったのにあんまり遊ばなくて、こんな高価なものを買ってもらったのにとすごく申し訳ない気持ちになっていた。この「せっかく買ってもらったのに」という思いは今もいろいろな場面で感じてしまう。
親としては「兄は時間を守れるのに妹も弟もなぜ守れないのか」と思うだろうけど こちらとしては「なぜ兄だけ時間を守って遊べるのか、ゲームがおもしろくないのか」という思いがあった。あんなおもしろいものを制限付きで渡されたらその制限をどうやってかいくぐるかを考える。子どもはだいたいそう。
このたびルーンファクトリー4、5とプレイしていて、やっぱ時間なんて守れないっすわと自分の性格を再認している。エラー落ちは精神への危険性が高いから守っているだけ。
 
■6月15日火曜
目にごみが入るのを阻止するためのまつげが目の中に入ってごみになる無意味さに涙が出てくる。決して目に入ったまつげが痛いからではない。きっと「ミイラ取りがミイラになる」ということわざはこうして生まれたのだろう。
まつげと言えばキリンが浮かぶが彼らもまつげが目に入って苦しむことはあるんだろうか。足、しかも蹄装備の足しかなくてまつげをどうやって取るんだ。新しい水飲み場ができるくらいに泣くのか?
 
3部があると信じてプレイしている。そろそろ2部クリアから1週間が経つ。イベントが起きるとしたらそろそろだと思うが。
エラー落ちについて調べたときに「エラーの多さやストーリーの短さから評価がわかれる」というレビューを見てしまい、3部がないことをうっすら予感していた。
まだ5に夢中になれないのでストーリーが終わっているなら4に戻りたい、もしくは他のゲームを始めたい。ので夫に調べてもらった。結果「今のところ3部はない」ということが発覚。このストーリーの短さとエラー落ちやバグの多さで7,000円。ちょっとなあ。こればっかりは後日配信を願う。もうwikiも見ちゃおうかな。
 
wikiを見た。今作の素材集めの方法を知ったので精が出る。リグバースの迷宮をクリアしたらいったん区切りにしようかな。難易度的にシアレンスの迷宮の最後の面くらいだろうか。3階のドラゴンに1ダメージも通らないようでは先は長そうだ。4のシアレンスの迷宮も3面で止まってる。
wikiのコメント欄を読んでいると「もっとこうであれば」系の同意できる意見が多い。全体的にめでたさのない評価。
 
ジャンバラヤが食べたい」と夫に突然言われる。聞いたことがある料理名だ。
検索したら家のものでなんとなくつくれそうだったので試す。結果「ジャンバラヤではないけどこれはこれでおいしいよ」という淡いめでたさの料理ができた。食べたことがなくて初めてつくる料理なんてまあこんなもんだろう。
ピーマンを入れようとしていたけどだめになってしまっていて、処分したことだけが無念である。でも無理して食べておなか壊すよりはよっぽどいい。健康を大事にしたい。
 
ジャンバラヤと言えば思い出すのは映画「鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」。語感つながりで。
中学生くらいのときに地上波で見たけど、当時は原作をふんわりとしか読んでいなかったから「なんで大佐が眼帯?」と話がひとつもわかっていなかった。wikiを見ると完全アニメオリジナルらしいのでそういうもんかなと思う。
が、夫曰く「大佐の眼帯もちゃんと原作とつながるような理由があったはず」らしい。本当かなあ、にわかに信じがたい。
 
■6月16日水曜
郵便受けを覗いたら新型コロナウイルスのワクチン接種券が来ていた。私の分だけ。
ちょうど母をワクチン関連のLINEをしていたので報告、「自衛隊の大規模接種センターで受けてきたら? 枠余ってるって聞くから明日にでも受けられるんじゃない?」と言われた。寝耳に水である。そういえばそんなニュースがあった気もする。
接種できるのはまだ当分先だろうと思っていた。接種券をもらえても私たちは医療や高齢者施設などで働いているわけではないし、基礎疾患もないし、若い。街ではそういった人たちの予約開始時期さえ決まっていなかった。秋にでも1回目が打てれば早い方だろうなと思っていた。
母のアドバイスから大規模接種センターでの募集要項を確認して予約した。さすがに明日とはいかなかったけど来週1回目を受けられることになった。1回打っただけでは抗体はできないけど、来月が終わるころには2回目を打ち終わって抗体ができていると思えば多少気が楽になる。
1回目の副作用はさほどないと聞く。念のためしっかり水分を取って、半袖で行く。
 
川上弘美『おめでとう』再読。
氏で一番好きな本。「運命の恋人」「おめでとう」に漂う幸福感。口の中になにかおいしいものを思い出しているような、年末年始のなんとなく町中がよい空気になっている感覚。とくにこの2篇の持つ空気がなんだかすごくいいんだよなあ。あたたかくて、からだになにか満ちていく気がする。
活力やエネルギーと呼ぶほど強くはない。
「今年初めて氷が溶けてぶつかる音を聞いた」とか「家を抜けていく風が涼しくて心地よいなあ」くらいのこと。すべての人に絶対伝えたいことではないけど、信頼できる人に言いたいこと、あるいはひとり言にしておきたいこと。でも忘れたくはないこと。
彼女の文章にはそういう小ぢんまりとした幸福のかけらがそこかしこにある。それらを読み集めていって、少しずつ気持ちの水位が上がっていく。何度読んでもよさがある本。
 
 
余談だがスマホのパズルゲームをやっていて、なにかダイナミックなギミックでクリアできるときに、夫に「見て、めでたいよ」と声をかける。夫も一緒になってクリアの瞬間を見て「これはめでたいことだね」と喜んでくれる。
それが何日か続いたある日「毎日めでたいことがあっていいねえ」と夫に拍手された。力いっぱい胸を叩き、親指を立ててやった。私がいったい誰のおかげでこんなにめでたい人生をやれてるかわかってるのかい。夫ちゃんのおかげでしょうが。ありがとうね。
 
■6月17日木曜
先週あったような頭痛がほぼ毎日ある。夫に言ったら「夏はだいたいそんな感じだよ」と言われる。そうだっけ、でもそうかも。夏になると頻発するので季節病の類であろうし、かと言って先週いろいろ試した感じで日射病とは違うようだ。熱中症の方なのかな、熱がこもっている感じはしないんだけど。
バファリンで治るらしいことはわかったものの毎日飲みたいものではない。なにか根本的な解決をしたい。
 
くもんの小学3年生向け社会科ドリルをやる。
もう1回勉強をしたいと思ったときに見栄を張って参考書ではなく、小学生向けのドリルを買える己のプライドのなさを気に入っている。
深夜に5ページほどやる。地図の見方やつくり方について。方向音痴にはちょうどいい。方向音痴はだいぶ治っているもののどっちが北でどっちが東かはわからない。
地図記号を読むことはできる、描けと言われると手が止まる。難読漢字あるあるだとばかり思っていたが地図記号あるあるでもあるらしい。病院の地図記号を上下逆さに描いていた。正しくはホームベースの中に十字。
地図記号を複数見せられて選択肢の中から記号と建物名称の正しい組み合わせをつくることはできるけど、建物の名前だけ言われて記号を描くのは戸惑う。目の前に提示された情報を組み合わせたり、消去法で選んでいくことは容易だけど無から有をつくるのは難しい。想像の厳しさを感じる。こんな小学生向けのドリルで。
 
大人になってから小学生向けのドリルをやるのはおもしろい。世の中の基礎的情報に対して大人の記憶力と知識、解釈が絡まるので少し先の疑問が持てる。
「夫ちゃん質問、相模湾東京湾ってどうやって区切ってるの?」
「ないんじゃない? ……そんなわけないか」
「区切れなかったら相模湾東京湾だし、太平洋も広く東京湾ってことになるね」
「なるよねえ。どうやって区切ってるんだろうね」
軽く調べる。排他的経済水域のようにルールがあって湾の面積が決まっているわけではないらしい、まちまち。どんな取り決めがあったんだろう。というかそもそも湾を区切って名前をつけることにどんな意味があるんだろう。海は陸地みたいに「ここからここがうちの陣地」「うちの民はうちで面倒見ます」と線引きもしづらいだろう。海に人は住めないし、魚に住所を与えるわけにもいくまい。
 
林真理子『最高のオバハン 中島ハルコの恋愛相談室』読了。
母からの借りもの。はいはいこういうやつね、と最初は斜めに読んでいたけどそのうちに作中の人物たちのようにハルコに興味を持つようになってしまった。言っていることになんとなく説得力もある。
ハルコの不倫相手がしがないサラリーマンで金がないため、いいところの食事代をハルコが出しているという話を聞いた友人が「相手に経費で落としてもらえばいいじゃない」と言う。ハルコが「あの人はそういうことしないからいいんじゃないの!」と吠えるのだけど、その感じわかるなあ。私も好きになるのはそういう男であろう。
 
今年か去年化にドラマ化しているそうで、確かにドラマ映えはしそう。ワイドショー好きな人は好きだろうなあ。
 
 
それにしてもこの短編集のうち半分くらい不倫が絡む。それだけ世間に不倫をしている人が多いのだろうか。
周りでしている人は少しいた。私は今は不倫に興味がなく、相手の配偶者にばれて慰謝料を請求されるリスクを負ってまでしたいなんてすごい熱意だなあとのんきに思う。そんなに楽しいことなんだろうか。する人が多いってことはきっとたまらなく楽しいんだろうな。
夫がオンラインゲームに長らくはまっており、SNSを通じてできた友だちとたまにプレイしている。女性とも一緒に遊ぶらしく、たまに「不倫はいけませんよ」と注意する。適宜言うのが大事だと思っているので。言ってもする人はするし、しない人は注意しなくてもしないだろうけど。
 
■6月18日金曜
ルールファクトリー5をやる。冬1日。
モンスター素材を集めたり資材を集めていて急に「うわ、だめだおもしろくない」と感じてゲーム内の1日もすごさずに切った。前作をあんなに夢中になってプレイしていただけに悲しい。5を楽しめるだけの素養が私に備わっていなかった。次は塊魂でもやるか。
 
「大変、紗季さんが持ってるとこの株価下がってるらしいよ」と夫。
実際どのくらい下がってるのか見たら思っていたほどではなかった。もっとがっつり下がってるとのかとわくわくしてしまった。急な下落チャートを見て夫は楽しそうにしている。もう少し下がったら買い増ししようかな。
保有銘柄は夫にすべて伝えてあるのでたまにこうして情報を教えてくれる。どことどこが提携だとか、こういうニュースが出たとか。私は長期保有目的であまりニュースを見ないので、たまに教えてもらうとをおもしろい。鉄のフライパンと同じで、私の趣味を大事にしてくれてるんだろうな。ありがたいこと。
 
サンキュータツオ『もっとヘンな論文』を読む。途中まで読んで置いていた本。
3章の栗の話が完全に好きなタイプでよい。こういう熱心というか風変りというか、「えっそっち方面の努力します?」な人がどうしても好きだ。栗の論文を書くために栗が焼ける際の縮み具合を調べる人とか最高。私もそういったことをしたい。
2章の追いかけてくるもの編で「追いかけてくるものに口裂け女やマッハ婆など女性が多いのはイザナミや山姥が現代版になったものではないか(意訳)」と書かれていて膝を打つ。元祖追いかけるものってイザナミの可能性があるのか。うっすらあった『古事記』『日本書紀』への興味もまた湧いてくる。歴史の勉強もしたいな。学びの意欲がある。
 
友人が年1の創作をアップしていたので踊った。めでたい日だ。勢いづいて近い締め切りでまたやることになった。二重にめでたい日。
ジャンルがマイナーなので友人と私しかやっている人がいないが(正確には最近ひとり入って、すでに深く沈黙を守っている)、自家発電させあえる人がいるのは喜ばしい。ひとりだったらもうとっくにやっていないだろうし。
ジャンルの最盛期はもうひとりいたが今では行方が知れない。インターネットはそういうもの。その人の文章もすごく好きだったなあ。ログが残っているのでたまに読んでいる。サーバーがずっと生きていてほしい。
 
■6月19日土曜
8年前にニュージーランド同性婚への賛成票を入れた元議員のインタビュー記事を読む。
Twitterのリプライで「じゃあ近親相姦も認めないと。それも差別だよね」というものを読んで、煽りなんだろうけど反論できなかった。そういえばどうして近親相姦はいけないんだろう。一応法的にNGではないらしい。
さっきのリプライへのリプライで「奇形児を避けるため」とあったけどさらに「じゃあ障害を持つ人は子ども産むなってこと? 優生思想?」と続いてどんどん退路を断たれてしまった。遺伝性の障害を持っている人が子を持つ権利があるのに、奇形児が生まれる可能性があるからといって近親相姦を許されないのはちょっと違うよなあ。それこそ差別になってしまうし。
ひとつ否定材料を出すなら「近親相姦をokにしてしまうと性的虐待を暗に認めることになってしまう」から近親相姦には諸手を上げられない。もちろん中には親子や兄弟でまじに純に愛しあっている人もいるのだろう。けど確率的に「12歳と20歳でまじに愛しあう人たちだっているじゃん」くらいの割合だと思う。感覚的に。
ちなみにこれは少し前に子どもの性交渉を全面的に禁止しようという法案? に対して現役政治家から出た反対意見。これもまたすごい意見なんだよな。12歳のときの好きな人や夢や目標が続いている人がどのくらいいるのかって話。
 
夫が起きてから上のような話をしたら「免疫的に弱っていくから種の存続面でいけないんじゃない?」とのこと。
ついでにいろいろ調べてくれて、「昔は戸籍管理する上で近親相姦があるとわけわかんなくなっちゃうからだめって理由もあったらしい」「結婚ってそもそも他の家同士ですることで、入ってきた他の家の人の権利を守るものだったんだって。主人が死んでも遺産を追い出されることなく分けられるように」「でもこれだという明確な理由はないみたい。感覚的に気持ち悪いってことみたいだね」などと教えてもらう。新しい知見を得た。
夫個人としては「近親相姦だめって法律が決まったときは(このときはまだ法的NGではないことを知りませんでした)そこらへんで近親相姦があったと思うんだよ。で、すぐに死んでしまう子どもや病気に弱い子どもがたくさん生まれて近親相姦はやめましょうってことになったんじゃないかなあ」とのこと。これもまた一理ある。夫のこういうところすごくいいんだよなあ。新しい考えを与えてくれる人好き。
 
というわけで私は性的虐待はNGだけど本人たちがまじに好き同士で合意の上での近親相姦はご自由に派。ただ性交渉は19歳を待ってからにしてくれ派も兼ねている。気持ち悪いからという理由で他人の行動を制限するのはやりたいことではない。それが許されたらいじめもokってことになってしまうし。
 
「じゃあ紗季さんは僕らに娘ができて、娘が19歳になったら僕と近親相姦してもいいってこと?」
「やってほしいことではないし離婚もするだろうけど本人たちがまじに真剣に望んでいるなら仕方ないと思う。今はね。でもしてほしいかは別だから。推奨ではないからね」と念押し。
「マナーは? 子どもがすごいくちゃくちゃご飯食べてたらどう?」
「何度か注意するだろうけどどうしてもこだわってやってるなら止めないと思う。あまねくデメリットを被ってもやりたいならしかたないし。こちらが助言をする自由と相手が飲むかどうかの自由は同じだし。私がゲームの時間守れなかったのもそうだけど子どもは絶対やりたいことは親の目をかいくぐってでもやるからねえ」
援助交際も?」
「それ前も話したけどさあ、止める理由がまじで思いつかないんだよね。なんでやってるのかにもよるけど、純粋な興味だったら止められないよ。危ないからしてほしくはないけど、どうしても性交渉がおもしろくて性風俗産業に関わりたいならせめて既定の年齢を迎えてから店に所属してって言っちゃうと思う」
「それもまたすごい意見だねえ」
という深夜の話。
 
1日中雨でからだが重い気がする。
世界で一番おいしいどら焼きが賞味期限を迎えるので食べた。やっぱりおいしい。秋まで生産休止、生産再開したら通販しようかな。
 
おわり