日曜日の朝

switch買って3週間経つのに1回もソフト入れてない。役に立つことは書けません。

5月2日~6日 風情がない旨、駄々で伝えた

■5月2日日曜
「そら幻肢にもなるわ」というメモが残っていた。日記のメモである。確かに書いた記憶がある。肉体に関する何かがあって、「こんなことがあるんじゃあ幻肢も起きるわいな」と思った記憶がある。
幻肢と書くくらいなので逆のことが起きたのだろう。ある肉体がない痛みでも感じたのか。そういうことがあったような気がする。でも全然覚えてない。これ、ネタの幻肢ってこと?!
 
好きなバンドマンが幻肢という言葉をよく使う。その人の文章によって覚えた。
なんとなくいつも泉鏡花の「外科室」も出てくる。性的なニュアンスの多い話だった気がする。
確かどこかの奥様に手術の必要が出て、麻酔が必要になるのだけど「麻酔の間に何をしゃべるかわからない(この医者のことが好きなんだか主人に何かあるんだか)」とごねるので麻酔しないで手術するんだっけ。そんなひぐらしのなく頃にな展開あるかな。
 
訳文を読んだら本当にこの展開だった。人の記憶力というのは大したもん。
せっかくなので青空文庫で原文もちまちま読む。まだ読めるだろうか。不安。
 
夜、cinema staffオーパーツ配信を見る。前よく聴いていたバンドが今もばきばきにかっこよくあってくれて嬉しい。
オストライヒ始動後に國光さんが動いているのを初めて見た。生きていること、音楽をやっていること、文章を書いていること、どれもすごく嬉しい。憧れと言うのもおこがましいくらい、ずっと遠くにいる人。
破滅的な性質を心配する一方で、それが彼の童話めいた、冷たく埃っぽい世界を担う一端であるのなら、身勝手だけど感謝してしまう。
 
■5月3日月曜
食品の買い出しへ。肉魚と米5kgを持って帰る。やたら重いものを買った。寝ている夫を起こして買い物バッグを持ってみてもらい、労わってもらった。
初めてスーパーのレシートを失くした。キャッシュレス決済のため総額はわかるのがさいわいである。家計簿は品目レベルでつけているが、ここまで細かくなくてもいいのかもなあと思う。
 
ルーンファクトリー4を久々にやる。昨日は新婚モードを少しやった。
メインストーリーは完全に終わり、あとはシアレンスの迷宮やアイテム集め、結婚、依頼、畑などしかやることがない。金の大きな作物をつくる日々。燃え尽きている。もうアーサーと結婚してしまおうか。
イドラの洞窟にあるらしい隠しエリアを探す。紫のスイッチってどこにあるんだ? 3日くらいうろうろしているが一向に見つからない。攻略も見ているけどいまいちわからない。苦戦。
 
小川洋子の『猫を抱いて像と泳ぐ』を読む。毎日1章ほどめくっている。
神様が毎夜降りてきて書かせたような本。父が昔「人は誰でも人生で1冊は本を出せる。そういう経験をするんだ。それが1冊で終わらないのが作家という人間だ」と言っていた。小川洋子と言う作家は、これを書くために出まれてきたのではないかと思ってしまう。それほど美しく、光に溢れている。
私は神的なものを信じている方(いると思っている方がおもしろそうだから)である。この本を読んでいると神が人の手を経由してモノに宿ることを実感する。「やっぱり神様っているんじゃないか」と神肯定派としての立場を強固にしていく。
↑「神肯定派」と書くと過激だけど怖い人ではありません。全知全能なる者じゃなくても各個人が信じているものや行動(ジンクスとか日本製は安心だとか)があればそれは神に等しく、ひとつの宗教と呼んで差し支えないよね、というスタンスです。人為的でも自然的でも。
 
私は芸術全般に疎く、映画の構成も絵画の色彩も音楽の余韻も、自分でどこをよいと感じるのかまったくわからない。映画の中の機微も、絵画にあふれる陽の光も、音楽の緩急もなにも。ああここに神が宿っているのだと感じることができない。
だけど本からなら、本当に少しだけだけどわかる。
世界に私の心を救う文章があることを知っているし、見つけることができる。
鳥肌が立ち、次のページに進めず、何度もなんども繰り返す。折り目をつけて「そういえば」と突然そこだけ読みたくなる。私の心を震わせて、涙の蛇口を緩める。そんな文章があることを知っている。
数学もわからないし美術の歴史も何も言えない。だけどこんなに美しい世界を読むことができる。それだけで生まれてよかったと思える。人生はよいものだ。少なくとも私にとっては。
 
■5月4日火曜
夫の友人が結婚祝いをくれると言うのでケトルを希望した。
今使っているものは私が学生時代をともにしたもので、経年劣化のためプラスチックのにおいがする。カップ麺用に沸かすときは問題ないが、白湯となるとにおいが目立つので(においなのに目とはこはいかに)どうしようかと思っていた。白湯はまったく飲んでないから正直問題はないが。まあなんとなく、新しいのがほしかった。
 
ならばと夫の友人がバルミューダのケトルを勧めてくれた。インスタの暮らし界隈で人気のメーカーである。バルミューダと言えばオーブンだが、はたしてケトルはいかに。
いそいそ仕様書を読んだら容量600mlなので驚いた。満水まで沸かしてもカップ麺2個分にならない。2台使って沸かしてもペヤングの超超超大盛GIGAMAXをつくれない。というか世の暮らし界隈の人は600mlのお湯で生きてるんだ。人の数だけ暮らしがあるなあ。
 
というわけでケトルについて鬼検索をしている。今のところラッセルホブスが優勢。
最初は山善が見た目と温度調整機能とでよさそうだった。のだけど温度調整はしないだろうし(興味はある)、温度調整ボタンを何度も押すのも大変そうだし、初期不良で漏れるというレビューも多かったので抵抗が生まれた。その他細かい部分での難もありそうだった。中に返しがついていて水をすべて捨てられないとか、満水線が取っ手側についていて見づらいとか。デメリットのレビューの内容がだいたい共通していた。タッチパネルなのもちょっとめんどうそうだなと感じる。機能が多いということはそれだけ壊れる要因も増えるので。
ラッセルホブスはステンレス製だから本体がかなり熱くなるようで、そこだけ気になる。温度調整はできない。ないならしないのでかまわない。
 
温度調整はお茶の味に大きく影響することと、子のミルクをつくるのに便利という意見があった。やっぱり温度調整できる方がいいのか……。河原の葦のように大きく揺れた。
揺れてから、子のことは子が生まれてから考える方がよいことに気づく。温度調整機能は最近搭載されたものだと思っているので、次買い替えるまでにもっと種類が増えているだろう。多分温度による茶類の味の違いもわかんないし。河原の葦のようにからだを起こした。ラッセルホブスにほとんど心が決まる。あとは握り部分がフィットするかどうかである。
 
■5月5日水曜
じわじわ本を読む。
引き続き小川洋子の『猫を抱いて像と泳ぐ』と、温度差で立ち眩みを起こすためのさくらももこたいのおかしら』。『たいのおかしら』のグッピーの話で笑ったので夫に聞かせた。夫も「オチは最初からわかってた」と笑っていた。
 
机の、おそらく東側に私の席がある。西日が正面側から差すのでこっちが東だと思う。脳内の地理が終わっているので南の可能性も捨てきれない。
定位置の右手側(南か?)に「一時保存ゾーン」がある。旅行のおみやげのご当地タウンワークや夫が持ってきたJAFの雑誌などを溜めておく場所である。おもしろい記事がありそうなので読んでから捨てようと目論んでいるコーナーだ。読むペースがあまりにも遅く、半年以上積まれているものもある。
以前土鍋を買ったときに緩衝材として入っていた地方新聞も保存されている。捨てようとしたら夫が「紗季さんの好きそうな記事あったよ」と言うのでなんとなく取っておいた。どの記事かは聞いてない。九州の新聞なのでレアだし、今となっては取っておいてよかった。
 
資源ごみの日が近く、薄ら埃の積もった一時保存コーナーに着手する。平置きの一番上を動かすと埃が立つので、下の方をそうっと引き抜く。冊子状になっているものを1枚だけばらして読んだ。
高齢者向けの健康の記事だった。「筋肉は40歳を過ぎるとどんどんなくなっていく。人によっては1年で5%減る」「高齢者はちょっと運動しなくなると加速度的に運動しなくなる」「だけど筋肉量は何歳からでも増やせる。適切な運動と食事で」というようなもの。土曜新聞めいた内容でよかった。最終的にグルコサミンを宣伝された。
他にもデイケア施設で働く人の話や戦争で体験した話、読者投書欄が並ぶ。完全に土曜新聞である。懐かしい。
実家にいたときも土曜新聞が好きで見ていた。パズルがついているからだ。半紙面使った間違い探し、クロスワードパズル、数独、論理パズル。間違い探し以外は小さいものなので2種類掲載されていた。
 
母も土曜新聞のパズルが好きらしく、なかでも間違い探しとクロスワードをやっているのをよく見た。私は間違い探しと論理パズルが好きだった。「ママは論理パズル苦手。紗季はすごいね」とたまに言っていた。子どものことをよく見、きちんと褒める母だった。今もよく褒めてくれる。子どもながらすごい親だと思う。
「あなたの親はあなたのことよく見てるよ」と昔言われたことがある。そうしてくれていた重みもありがたみも昔と今では感じ方が全然違う。いつか自分が親になるとき、この親のようになれるだろうか?
 
■5月6日木曜
なんとなく占いの動画を見た。上半期は片づけ、模様替え、引っ越しなどおすすめと言っていたので頓挫していたメルカリ出品を再開することにした。着ないであろう服も次の燃えるごみの日に出そうとしている。動きの早いところがいいところ。
サンプルでもらった古い化粧水もばんばん使っていくことに決めた。旅行に行くときのために取っていたが、自制柄旅行しないし、行ってもアメニティを使うし。捨てるのももったいないので家で使うことにした。
早速目につくところに置く。見えるところに置いてあって使わないものはさっさと捨てる方がいい。戒め。
 
セブンイレブンでおいしそうなアイスが発売されたと聞いて、買いに行きたい。昨日時点で大きくバズっていたのでもう売り切れているかもしれない。でも買えたら嬉しいので夫をめちゃくちゃ誘った。たまには用のない散歩もしたかった。
夫が「在庫あるか電話してあげるよ」とスマホを持ったので派手に駄々をこねてやった。風情がない旨、駄々で伝えた。散歩という大いなる目的の中においしそうなアイスという細かな目的があるのである。
 
「1ヶ月くらい外に出なくても平気だけど、紗季さんから見たら異常者って思うの?」
「異常者とは思わないよ。引きこもりという存在を知っているからね」
「出たいけど出られない人と、出られるけど出ない人って違くない?」
「外に出る人からしたらどんな理由であれ”外に出ない人”だよ。上だけ見ればみんな一緒」
TOEIC理論ね」
という流れの中で「結婚ってしたいって思ってた?」と聞く。
私はなんとなく結婚制度に疑問を持たずに生きてきて、いつかするだろうとも予感していた。「結婚しないことを経験する人生」よりも「結婚をしてみて、うまくいかなかったら離婚する人生」の方がおもしろそうだとも思った。のでよい人がいれば結婚はしようとしていた。重篤な入院時も面会できるし。
あとは結婚したいほど好きな人ができるなら喪主を務めたいという理由もある。
 
なお「TOEIC理論」とは、昔夫が「痩せる必要ないのに痩せたがる女性って不思議。もう十分じゃない?」と言っていたのに対し、「TOEIC700点の人が900点を目指すのと同じだよ」と返したことに由来する。
夫はいたく感心し、「長らく疑問だったけど一番納得した。いい例えだ」と満足そうにしていた。
 
結婚をギャンブルだと思うことについても話した、前者はマイナスでもプラスでも離婚することでゼロに戻せる。だけどギャンブルはマイナスはマイナスのままなので結婚の方が勝率がいい、という論。結婚相手も事前に吟味できるし、ある程度コントロール下にあるのもいいポイントである。
コントロールという意味では数あるギャンブルの中でもっとも対岸にあるのは宝くじである。競馬や競輪と違って予想も対策も意味をなさないから。数字を選ぶ機械のパドックなんかしても意味ないし。「今日は赤いランプが点いているからエラーが起きそうだ」とか? メンテナンスじゃん。
「と言っても、結婚は離婚するまで長いじゃない。年単位でしょ。結婚にかけてきた時間を思うと宝くじの方が結果が速くない?」
「結果が速いと言っても結婚も宝くじも”時間をかけること”自体は変わらないよね。宝くじルートなら時間を戻せるわけでもないし」
「うーん、それもそうか」
 
こういう話をしながら散歩がてら新商品のアイスを買いに行くことができる点で、結婚はよいものである。結婚してなくてもできるけど。
 
■5月7日金曜
家にクローブを撒く。かの黒い虫に効くのだそうだ。去年か一昨年かにネットで知った。
そろそろブラックキャップの効果もなくなるころなので、ブラックキャップはそのままに新しく撒く。
 
去年チャイをつくる際にクローブを購入してあった。チャイ1回でクローブ4粒程度しか使わない。たまにカレーでも使うが、そうそう減るものでもないので虫除けという新しい活路を与えることにした。重要任務である。
調べたところお茶パック1袋に10粒ほど入れてそこらに置いておくらしい。よく開ける窓や玄関、台所の戸棚などとりあえず6ヶ所に置く。とはいっても正直1袋での効果の範囲がわからず、全然足りない可能性もある。
 
クローブの忌避効果を実験したブログでは2瓶(1瓶当たり、1袋10粒で9袋)丸々使ったと書いてある。本当にそんなに使わないといけないのだろうか。2DKに引っ越してからは3瓶とも言っていたのでやっぱり全然足りないかもしれない。もう少し足しておく方がいいのだろうか。部屋の4隅に置けという噂もある。
沖縄でも効果があると言っていたので効くのだろうけど、何粒からだろうか。なんにせよ効果があることを願う。
半透明のお茶パックに黒いクローブを入れているため、うっかりした頭で見ると「やつか?!」とぎょっとするが。
 
「ごきぶり憎し噴きつけても噴きつけても」川上弘美の句を思い出す。
その虫のことを「真っ黒くて充実したやつ」を表現していた。「充実」!
 
■5月8日土曜
小川洋子『猫を抱いて像と泳ぐ』読了。本当にほんとうに美しく、素晴らしい本。なんの言葉もいらない。
一度目に読んだときはここまでの気持ちの高ぶりはなかったはず。やっときちんと受け止められるようになったということだろうか。何事にもしかるべきタイミングがあるのだなあ。
ただ一ヶ所気になっているところがある。これから読む夫に何のネタバレも前情報も入れたくないので書かないが、どう解釈するか悩んでいる部分。
 
泉鏡花の「外科室」も読み終わる。どう訳せばいいかわからない部分がいくつかあったので起きたら調べる。
意味はかなりよく取れた(と思う)し、まだ読めることにも安心した。『源氏物語』を読むのがもう1年ほど止まっているのでまたぼちぼち読もうかな。学びは自発的にやらないと身につかない。
 
ミルクレープを食べる。
「ミルクレープってミルクのクレープかと思ってたけどフランス語で”千”のミルだね?」と夫。
「調べて進ぜよう。あ、正解、千のクレープだって。西麻布発祥らしいよ。西麻布のケーキ屋がつくったんだけど店頭で全然売れなくて、ある会社の人がうちで売らせてほしいって頼むのよ。それがなんとドトールなんだってさ。どおりでドトールのミルクレープはおいしいわけだ」
「へ~ドトール。クレープはさ原宿発祥でしょ。そんなイメージがある」
「クレープは……フランスのブルゴーニュ地方だって。気候的にそばしか育たなくて、ある日そば粥を焼けた石の上に落としたら食べられそうに焼けたことからガレットとして始まったらしいよ。小石と意味する”ガレ”から来たんだって。伝説によるとそのあと王宮の人がハマって小麦粉にしたり牛乳や卵を入れてクレープになったんだってさ」
「へ~。……伝説? クレープ伝説があるの?!」
フランスにも日本にもそばの実があって、一方では粥やガレット、一方では麺にしてそばつゆと薬味で食べるとはおもしろい話。豆知識。
 
おしまい
 

4月25日~5月1日 「義弟エンド」を回避できてよかった

■4月25日日曜
ルーンプラーナ7階の、おそらくラスボス手前まで進む。4色の妖精が終わったところ。
ほたるび祭りをレオンと過ごす。朝一でアーサーに誘われたがすでに一緒に行ってあった気がしたので断った。本命を断る心苦しさ。
 
時間の使い方云々、とよく聞くが、時間は使えるようなものじゃないのではないか、と思う。
例えば川の中でたゆたうことを「川を使っている」とは言わないように、時間を「使う」ことは本当はできないのではないか。川の水はどこかに運んで他のものと組み合わせることで使うことができる。だけど時間はただすべてを覆い、そこにあるだけ。使う、使わないの範疇にない。
上流から激しく流れる川や下流を穏やかに流れる川や、いろいろな流れの川がある。時間も同じで、たくさんの人で盛り上がっている時間や個人の静かな時間がある。そのなかでどの川に身を置くかを決めることが私たちにできる時間との付き合い方ではないか。
という話を夫にして「深いじゃん」と言われる。流れのない川にいるので深イイ~と返してしまう。レバーを前に倒すジェスチャーもつける。
 
■4月26日月曜
ブログサービスcakesの人生相談コーナーで炎上。魚拓を読みげっそりする。去年あった炎上と遠くない内容。ご本人的にはよく書けたと評価できる回答なのだろうか。
その後旭川女子校生凍死事件と映画「SNS 少女たちの10日間」を見て親子で会話した記事を読む。またげっそりする。すべての子どもがしあわせであってほしいと常々思っているので子どもが痛ましい目に遭っていると本当に悲しくなる。やるせない。なぜあんな小さな生き物が虐げられないといけないのか。われわれ大人が愚かで、不甲斐なく、信頼のおけない存在で申し訳ない。
コロナウイルスが蔓延するなかで、入学式から卒業式まで子どもたちの行事をすべて奪っている。クラスメイトの顔も知らない授業を受けている子どもがいる。それなのに大人を満員電車に乗らせる大人や飲み歩く大人がいることに。子どもの弱みにつけこんでその肉体を買う大人がいることに。己の弱さから逃げて子どもを鞭打つ大人がいることに。
いつの時代でも子どもが一番しあわせでなくてはならない。それに対し大人は常に責任を取っていくべきだと考えているので、子をなしたのに選挙に行かない人を見ると破滅的だと感じる(現状の世の中で子どもは完全にしあわせだと判断しているのかもしれないが。その人にとってそう判断できるならいい世の中だ、晴れやかなこと)。
 
選挙のことはさておき。炎上した記事のような相談を受けたらなんて答えるか夫と話す。
私は①あなたの友人が受けているものは(親からも彼氏からも)虐待であること②しかるべき相談窓口の連絡先③友人は今の状況を本当に快く思っており、あなたが伸ばす手を跳ね除けるかもしれないこと、の3つは伝えるだろう。助ける動機は多くにおいてエゴである。
夫の意見で④友人を助けたいという願いは本当は「自分がその状況を見たくないからなんとかしてほしい」という自分のための願望かもしれないこと、も追加した。いい人と結婚した。誠実な人である。こういった相談が1件でも減ることを願う。本当に。
映画「SNS 少女たちの10日間」は内容の想像ができるので見たくないのだけど、子を産み育てようと思うのなら事実として見ておかないといけない。緊急事態宣言で休館している映画館が多いのでいつ行けるか。見たら絶対元気なくすんだろうな。だけど自分が女性の肉体を持ち、いつか産むかもしれない子も同じ肉体を持つ可能性があることを思えば見ないわけにはいかない。そんなことが平気で行われる世の中に産む、という覚悟が必要だから。
そもそも「少女たちの売春が問題になっている」のではなくて「成人男性人たちの買春が問題になっている」と報じられていないとおかしいよな。買う人いなければ売らないんだし。まあそれはそれとして。
 
子どもたちの将来を考えてげっそりすることがよくある。今回は立て続けに記事を読んだり、日ごろ思うことがあって強めにぐったりした。ので晩ご飯は夫に任せて少し眠った。
心底ぐったりしている様子に「紗季さんのそういうところすごいよね。優しい人だね」と言われる。「僕アフリカで毎秒何人の子どもが餓死しているって言われてもふ~んとしかならないから」「アフリカは私もふ~んよ、アフリカで産む予定ないし日本の子どもはほとんど餓死しないから」
優しさというか、弱い生き物が虐げられるのはかなりきつい。種が人間じゃなければ別にかまわない。人間の1個体に起こることは、何かが違えば自分が同じ目に遭っていただろうし、自分が産む子どもがそんな目に遭ってほしくない。つらいことがひとつでも少ない世の中で暮らしてほしい。生きるのっておもしれ~もっかい生まれてみて~、くらいのライトさで生きてほしい。そういう願いをいつでも持っている。だから生きるのが嫌になったらいつでも死んでいい。楽しい世の中にしてあげられなくてごめんねとも思うだろう。
 
子どもがしあわせに暮らすにはまずわれわれ大人のしあわせや心の余裕が必要だ。だからすべて、まだ遠い未来の話。かといってどんなに遠い話でも願わなければ叶わないのであって。ひとりひとりにとって不本意な道が、1本でも減る世界であってほしい。
大人ひとりひとりのしあわせに関しては風の時代と言われている今は適している時期なのかもしれない。人生を楽しむ大人が増え、ともなって余裕を持てるようになって他の立場の人のことを考えられる大人が増えたらいい。
 
まだぐったりしているので寝る。明日はルーンプラーナのラスボスに挑戦したいな。
 
■4月27日火曜
ルーンプラーナ7階のラスボスへ。やっぱりエゼルバードじゃないか(厳密には違う名前らしいがまだ名前を見る余裕がない)。杖の素材にエゼルバードのブロマイドがあるから出てくると思ったんだよ。さほど苦労なく倒し、ストーリーを完全クリアした。こんなもん? とちょっと拍子抜け。2戦目があると思ってがんがん回復してたのに。
次の日再度エゼルバードにトライし、しっかり死んだ。セイレーンでも死んだ。シアレンスの迷宮はレベル300のをクリアした。これから何しよう。とりあえず冬の畑で金の野菜を大きく育てる。
義弟にクリア報告、「義弟エンド(最後のダンジョン(1回目のレオンカルナク?)が難しすぎてクリアできなかった)」を回避できてよかった。ソフトの貸主である義弟はセルザウィードの具合が悪くなったあたりで結婚バグを起こして詰まったとも言っていた。その段階で結婚候補がいたことがすごい。私はストーリーしか進めてなくて全員の好感度を5にする依頼に苦労した。なおアーサーのみ好感度はぶっちぎりで高かった。
 
時間の話。25日の続き。
時間の使い方云々とよく言われるけど実際使ってるのって時間じゃなくてメンタルだよね、と。
時間が使える、使えないの範疇にないことはさておき、自分の肉体をどう動かすかって気持ちの問題でしかない。肉体をどう動かすかを時間の使い方と言い換えてしまうのは大げさに感じる。反面、彼らが時間を肉体のように使役できると考えているのだったらめちゃくちゃメンタルを鍛えた結果なんだろうなあとも。どのタイミングで何する、というのは反射なので(電車乗ったら本を読むとか)。
メンタルを制するものが肉体を制するし、肉体を制するものもまたメンタルを制する。
↑どうしてメンタルと肉体って組み合わせになってしまったんだ、メンタルとフィジカルとか精神と肉体にならなかった。
 
本を少し読む。川上弘美『このあたりの人たち』。あと1篇で読み終わるところでやめる。もう布団に入っていたし、読んだらすぐにメモをつけたいから。
今月はよく本を読めている。読書はまったくライフワークではないし、しなければしないで問題もないけど、やっていればおもしれ~と思えるのでいいな。ぬるい趣味。散歩も同じ。
 
■4月28日水曜
朝、洗い物ついでに花の水を換える。先日の法事でもらった仏花のうち、仏花っぽくない花だけピックアップした。
何年か前にネットで見た都々逸のことを思い出す。「仏花」が入っていて、夏の風景だった。どんな歌だったっけ。下の句の輪郭だけがおぼろげに見える。何を探しても見つからない。
「踏切をすり抜けていく妹の右の手首は仏花でだらん」みたいな歌。都々逸じゃないな、そもそも。短歌だった。
 
26日の日記を読み、めんどくせ~性格、と再度自覚。夫が好むアドラー心理学的に「人は望んでその性格になっている」とのことなのでこれも望んで維持している価値観なのである。
自分の価値観の重い部分と軽い部分があって、重さは子どもや女性関連に全振りしている。代わりに他はすべて軽いので塩梅よくバランスが取れている。人ふたりの一存(二存?)で新たな人格を持つ生き物をつくり出すっておそろしいこと、平然とはできないでしょう。
 
台所の窓に飾っている花のめしべかおしべかに、蜜のようなものがたまっている。蛇のように花弁の根元からしべが伸び、その丸まった先端に、極小さな1滴の蜜がついている。透き通って、全然甘くなさそう。雨粒みたいな液体。
虫も入らないこんな窓辺で蜜を出しても花のためにはならないだろうに。
 
夜アップデートされたモンハンライズをする。久しぶりに自分以外の剣士を見、尻尾が切れる速さに驚く。
やんわりと創作する。
 
■4月29日木曜
人生初の保険相談をする。住宅に関するもの。補償条件がいろいろあって、難しい。
 
引き続きやんわりとした創作。身近でも細々やっている人がおり、嬉しい。
12~15年ほど前にGREEでできた友だちと今も連絡を取っている。GREEからテキストサイトに移動し、Twitterに来た。何年かに1回程度会ったりLINEをする。ひょんな流れからたまに創作していることを知った。12年も前に知り合った人と今なお交友があることも、彼女が創作を続けていることも嬉しかった。
 
久しぶりに音楽を聴く。雨の強く、気圧の低い物憂げな夜にこんなにも似合う音楽があることを思い出せてよかった。
愛を歌うバンドや文章が好きだ。薄々としていた輪郭が整い、人に話すほどに自覚した。恋愛的な愛の歌も素敵だが、それよりも人間を愛する、ひとつの個人をひとつの個人として愛していく、ようなものが好きだ。あとは日常の美しさや、ふとした瞬間の心の動きを見たもの。世界って美しいよな、生きるっていいよな、とゆっくり頷けるようなもの。
以前占いで「あなたはこういう目的で生まれてきたよ」と教えてもらった目的がある。今になって納得する部分があって、生まれるときにすべてを決めてくるのは本当なのかなと少し思う。
 
■4月30日金曜
夫の通院日。付き添いに成功する。
昼食にそばを食べる。初めて入るそば屋では鴨せいろにすると決めており、注文。あたたかいそばは苦手だし、天ぷらは大仰だし、冷やしたぬきじゃ味気ないし、つけ汁があたたかいと嬉しいから。あと鴨せいろがおいしい店は他もおいしい、という判断基準。
おいしくない鴨せいろはたいてい鴨にレバーのような血生臭さがある。レバーは3大食べられない食材のひとつなので、毎回それなりの賭けをしていることになる。勝手に。
まれに本当においしくない鴨せいろに当たる。これに1,400円(税別)か~とへこみ、悲しい顔でぼそぼそ食べる。夫は私の顔がわかるので「大丈夫? 無理しないで。代わりに食べようか?」と声をかける。同時に「食べられないかもしれないものを毎回注文する心意気が本当にすごい。人生を楽しんでる」と感心もしている。
この日の鴨せいろはまあまあ。
店先にそば粉を挽く自動臼があった。臼には刷毛がついており、引いた粉を履き集めて穴に落とすためのものらしい。賢い小学生の工作みたいでいいな、と思う。
 
帰宅、洗濯。
冷凍庫の自動製氷機能が動いていない。ヘルプデスクに問い合わせつつ、夫の執念の切り分けにより氷ができても製氷皿が回転していない(氷はできるが下に落ちてこない)ことが判明した。修理を頼むにしても連休に入るので、ひとまず製氷皿に手動で水を入れてできた氷を手動で氷のたまり場に入れている。これぞ運用でカバー。寝てる間に新しい氷ができないことだけ難点。
 
小川洋子の『猫を抱いて像と泳ぐ』を読み始める。昔読んだときには感じなかった驚きや静けさがあふれていて、あらためてこの作家のすごみに圧倒される。
43ページから45ページ、マスターについて書かれたシーン。このページのすべての文字を私の墓石に彫ってほしい。あるいは戒名ということにしてもらえないかな。ひとひとりの性質をこんなにも雄弁に、過剰さもなく、確かな質感と手ざわりで端的に伝えてくる。この部分はいっとう特別な光を放っている。読むたび何度でも涙が出る。マスターの優しさ、大らかさ、思慮深さ、世界を見る目、チェスに費やしてきた時間。すべての存在のあり方を導くような文章。
 
美しいものの美しさを説明できるだけの言葉を持っていない。今まで己の思慮のなさに忸怩たる思いでいたけど、そこにある、すでに美しいものをどうして余計な言葉で装飾しないといけないのか。自分が美しいと感じるものをただ見てもらえれば、美しさは伝わるはずじゃないか。
これを表現からの逃げと取る人もいるかもしれない。「自分がどうしてそれを美しく感じるのか、なぜ心が動いたのか」は突き詰める方がいいと思っている。だけど人に伝える必要まではない。世界にはどうしても分かり合えない人がいる。真逆の価値観を無理に説くことはない。自分の心の在処や、飛んでいきたい場所を知るために、ただ自分のために言葉にできればそれでいい。
 
月末なので家計簿を締める。結果としてつつましく暮らしている。
 
■5月1日土曜
大事件である。駅の近くのATMが夏になくなる。そこの銀行では家関連でふたつ口座をつくっている。
家用口座ということは、毎月一度は入金の用事があるということでもある。だから家の近くにATMがある銀行に決めたのだった。
知らせを見たとき大変驚いてしまい、あまりの姿に夫が見ていたドラマを消して心配したほどだった。パソコンの画面を見せると夫もしっかり驚いて、すぐに近くのATMを調べていた。さいわいにして好きなラーメン屋の方にATMがあるようす。
かと言って遠くなることには変わりなく、散歩ができると思えばおもしろいけど、まさかこんな東京でATMがなくなろうとは。
ああ驚いた。人生用のスパイスを振られた気持ち。
 
夜、夫リクエストでイカのかりん揚げをつくる。2度目。学校給食で出たらしいのだが知らないメニュー。ひじきと豆とツナの和え物もつくる。和惣菜はおいしい。
 
おしまい
 

4月18日~24日 ままならないアイスの実例

■4月18日日曜
ルーンファクトリー4が進む。かねてより詰まっていたルーンプラーナの攻略である。
2階の入り口から左、上に進んだトラップ部屋の無傷ルートがわからず、敵は倒せるのにトラップダメージで病院送りになる日々が続いた。右の部屋は突風で進めないからこちらの部屋が正規ルートであろう。
何とはなしに以前進んで何もなかった岩の裏をうろうろしていると隣の部屋への道が見つかった。岩の裏にはひとつのトラップもない。晴れて2階のボス撃破。3階のボスは一度卑怯なハメ技を食らってしまい病院送りになるも、2度目で難なくクリア。氷の鼻をもらう。強い武器をつくりたいが必要素材の取得難易度が上がってきている。カブの奇跡だの無力なりんごだの。
4階についたところでいったん休憩。アーサーと聖夜祭をすごす。
 
聖夜祭でのアーサーのセリフについて疑問。
「①信じられるためには、信じる必要がある。/そして……。/②信じるためには、信じてもらうことが必要なのだと、」が若干鶏卵に感じる。①の「信じられる」と②の「信じてもらう」の人って別人の話?
 
あ、わかったこうか。
「(他者に)信じられるためには、(自分で自分を)信じる必要がある。そして……。(自分を)信じるためには、(他者から)信じてもらうことが必要」? やっぱなんもわかってないな、結局鶏卵だしウロボロスになってる。無条件に己を信じてくれる第三者か己の存在がないと進まないな。いやそれでいいのか?
「(他者、とりわけ見ず知らずの第三者から)信じられるためには、(自分で自分を)信じる必要がある。そして……。(自分で自分を)信じるためには、(他者、身近な人物に)信じてもらうことが必要」ということ? 自分で自分を信じなさいよ。あと第三者からの信頼をゴールにするんじゃないよ。でもアーサーの他者を信じたいという願いは好もしい。複雑な出自からの理念。
①の「信じられる」は活用的に己のコントロール外のことだろうから第三者でいいと思うのだけど、その先がいまいちしっくりこないなあ。己の読解力の低さにちょっと引く。
 
「読解力」と「水族館」には逆のことが起きている。一見「どくかいりょく」と読みそうだけど実際には「どっかいりょく」で、「すいぞっかん」と言ってしまうけど「すいぞくかん」と書く。気付き。
 
大地のハンター展の話から、母とラッコの話で盛り上がる。「脇の下にお気に入りの石を入れるポケットをつくるとか、潮に流されないように海藻をからだに巻いて寝るとか、進化が行き当たりばったりじゃない?」やはりこの母のことが好きだなと思う。
 
■4月19日月曜
朝からなめたけを炊き、夫リクエストのホワイトソースご飯をつくる。
ホワイトソースご飯なるの存在を初めて聞いた日はシチューご飯とどう違うのうかと思ったが、レシピを調べたらシチューほどゆるくないらしい。初めてホワイトソースをルウからつくり、案の定しっかりダマができた。めちゃめちゃ大きく数が多いダマたち。夫のざる濾し技術のおかげでなんとかルウになる。陳謝&諸手。
ホワイトソースご飯の感想を聞いたら「上品な味。給食で食べたときは鶏の油がすごかったから」とのこと。杉並区の給食レシピですよ、と教えたら「どおりで上品なわけだ」と納得していた。
 
ホワイトソースをつくるときに入れたコンソメが、時間が経つにつれて角が取れて丸くなり、つやつやしていた。チェルシーのバタースコッチ味に似ていた。キャラメル全般が不得手だからあまり好きじゃななかった味。緑色のパッケージの、白い味が好きだった。ヨーグルトなんとか、という名だった気がする。でもまわりでそれを食べてる人はいなくて、みんなバタースコッチを食べていたことを思い出す。箱のデザインが今でも好きだ。
 
ルーンプラーナ5階に到着。トラップの初見殺しに苦労する。アーサーの防御が紙なので一撃でやられる。肉体の撃たれ弱さよ。
 
■4月20日火曜
ウエルシアの日。
前日から夫に「たくさん買うので一緒にお出かけして」と伝えていたとおりにたくさん買った。
米の取り扱いはないものの、調味料やお菓子が充実しているので一通り揃えた。
いつもは買わないインスタント食品も買う。もし何か災害があって家で籠城せねば、となったときのために。使わなければ平時に食べちゃえばいい。ローリングストックを少しずつ取り入れる。
あまりにもたくさん買うので、久しぶりにカートを持った。10キロほどになっていたのでは。カートを出すまでずっと持ってくれていた夫には陳謝&感謝。
 
アイスコーナーにて、「この前リクエストしたサクレ買ってきてくれたでしょ。あのとき白桃味を想像してたから、レモン味が来てままならないね~って思った」「一瞬白桃にしようかなと思ったんだけど、もう忘れてるかもってレモンの一番霜がついてるのにしちゃった。ままならないね」という会話。ままならなさを楽しむ。
 
お会計。
Tポイントをもともと3,800点持っていた。5,700円分買えるのだが、レジを商品が5つ通った時点で1,500円を超え、冷や汗。かごの中にはまだ20点以上の商品がある。手持ちの現金は2,000円。慌ててモッピーから3,000ポイントを追加した。
結局お会計は9,000円で、ポイント追加の甲斐あって現金手出しはなし。モッピーに助けられる形となった。即日反映のありがたみ。そしてウエルシアの日のありがたみ。これでしばらくスーパーでは生鮮食品以外買わなくていいはず。食費を少しでも下げる工夫をしていく。
 
夜、大家さんが突然訪ねてくる。ドアの直ノックというストロングスタイルでいらっしゃった。
すべて夫が応対してくれ、更新が迫っていた火災保険(初年度より2万ほど値上がりしているから変えたい)のことも聞いてくれた。感謝&感謝。持つべきは頼りになる夫だ。
 
攻略を見つつ、ルーンプラーナ5階のボスまで到着した。杖での魔法攻撃がまったく、驚くほど、蚊ほどの威力にもならない。物理じゃないと通らないのか。さすがにググった。
無属性攻撃か、杖ならバキバキに強いものじゃないと無理と書かれていたのでリーチ的に槍にする予定。槍のアビリティなんて持ってたっけなあ。
 
ルーンファクトリー5が発売される。ちょっと興味あるけど何はともあれ4をクリアしてから。
 
■4月21日水曜
日記をば、と思ったらパソコンがつかない。このごろ調子の悪いときが多く、買い換えの4文字がよぎる。同時に購入時の金額もよぎり、頭を振る。電源部分がちょっと疲れてるだけだから、起動しちゃえば問題ないから、大丈夫だから。言い聞かせ。
 
夫の美容院について行く。道中、今抱えている将来への強い不安を聞く。
「僕のこと助けてもらっていい?」「いいよ、何か手伝う? 荷物とか」「なんか漠然と。将来のこととか不安だから助けてもらっていい?」「そういう意味か。それならもう結婚してるじゃん、超助けてるよ」「えっ! ……確かに。」などと言いあう。
いくらでも助けるし、できることはなるべくするし、死にたいならベルギーにも一緒に行ってあげる。旅費も出そう、診察代は金額次第。
 
美容院を待つ間、何ヶ月ぶりにカフェでコーヒーを飲む。財布に440円しか入っておらず、コーヒーを飲んだら残り99円になった。引き続き川上弘美の『東京日記1+2』を読む。どうしてこんなにこの人の文章が好きなんだろう。知らない言葉が多く、調べながらページをめくる。
帰りに本屋を冷やかす。とくに新書近隣コーナーに、赤い帯で「○○の△△さん推薦!」と推薦者がラーメン店主よろしく腕を組んでいる写真が載っている。最近ここに苦手な人が載っていることが増えた。帯での推薦は元々あったのだけど、影響を与えられる側の総数が増え、ともなって苦手だなあと思う人も増えているだけ。「本自体はおもしろそうと思っているのに推薦者のせいで疎遠にしてしまうのは、逆に影響を受けていると言えない?」と言われ、脳に落雷。このときは買う気持ちじゃなかったので買うものメモに入れておく。
 
久々のラーメンチャレンジ。ラーメンチャレンジとは、私がお店ラーメンが苦手なので好きになれる店を探すチャレンジのことである。今のところ横浜家系ラーメンをおいしく感じる。今回のお店は味玉がすごくおいしくかった。大盛りを頼もうとする夫を「このあとパンを買う予定だよ」とやんわり止める。
 
高級食パンを買う。夫が好きなので。月2回の通院のタイミングでご褒美的に買う。
放っておくと食後なのにすべて食べようとするので、パン大臣として「今はここまでなら食べていいですよ」という量をちぎって渡している。「餌やり」という言葉でも表現できる。私が寝ているときなんかは、勝手に食べずにじっとしている。いじらしい男である。
今回買ったものはかなり好みらしく、満足げに食べていた。「ラーメン大盛りにしなくてよかったなあ」と。
 
夫がTwitterを新しくやるようなので、アイコンを描く。「.tif」って拡張子、何?
 
■4月22日木曜
川上弘美『東京日記1+2』読了。見た内容はなにも覚えていないのに、ふんわりと「いい夢だった気がするなあ」感が残っている。ような曖昧な高揚感。の読後感。シリーズで何作か出ているようなので見つけたら買う予定。
「ごきぶり憎し噴きつけても噴きつけても」の句。彼女の元にもやつは現れるのだなあとしみじみ感じ入る。
 
ルーンプラーナ7階に入る。できる強化はしてあるものの、さすがに敵が強いので苦戦。
 
■4月23日金曜
法事のため祖父の家に行く。
太い川はみな二子玉川という雑な地理のなかで生きているため、「あ、大きい川だよ。二子玉川かなあ」「あれは○○川だね」という会話を毎回やる。今日は荒川。
 
久しぶりにテレビを見る。もう中学生が出ていて母とはしゃぐ。あの不安定さというか、危なさがいい。
 
■4月24日土曜
法事。
「和食には食べられるものしか出ない」と父から聞いたので、法宴で皿に乗っていたものはすべて食べた。カラスノエンドウを大きくしたようなピンク色の花や、それの黄色版の花。刺身に乗っていた菊、ツマ。えびとキスの天ぷらについていた尻尾。オレンジとメロンの皮は少し考えて、やめた。メロンの皮に近い実の部分がかなり瓜らしさが出ていたので。
菊は花びら1枚をむしって食べてみた。ぎりぎり食べ物じゃないけど無人島で見つけたら嬉しくなりそうだ。次に全部口に放り込んでみたら香草然としたにおいにやられた。においだけ夫におすそわけしたら「ぎゃっ」と怯える。もし無人島で菊を見つけたら、1枚ずつむしって食べる方がいい。ありがたみがある。
父も1枚むしって「こりゃあすごい」と笑っていた。
 
祖父の家で帰りの荷造り。
夫は運転があるので少し寝ていてもらった。何度か「寝たら?」と声をかけた末の昼寝である。「大丈夫だいじょうぶ」と言いながら1時間半ほど寝ていた。
川上弘美『このあたりの人たち』を読む。先ほど昼寝を勧めたのは己の正しさを主張したいだけだったのでは、とよぎっておそろしくなる。帰りのサービスエリアで寝られるよりは、今寝ていてもらう方が自分にとって都合がいいからそう言ったのでは。でも寝てもらうこと自体はよかったはず。自分のなかにある正しさへの執着。間違う怖さよりも己の思想が正しくありたい欲求。
 
車の中でTwitterのトレンドに上がっていた生き物苦手版の閉鎖を求める運動について話す。最終的に神待ち掲示板や援助交際の話になり、「福祉が整ってほしい」という結果に落ち着いた。「話の最初が最後が全然違うのよ、紗季さんは」と言われる。自覚ある。
 
おしまい
 

4月12日~18日 ままならないアイス

■4月12日月曜
もう少し日記っぽく書くか、と思う。
朝10時就寝、19時起床といういつかの生活リズムに戻る。どこが日の区切りになるんだろうか。手帳につけている日記は寝る前に書くようにはしているが、今食べている食事が何ご飯かがわからない。それ以外では困らない。食事をしている分には名称なんてどうでもいいし。『キリン解剖記』でもそんなようなことを言っていた。
昼夜逆転生活のいいところは朝から動けるところ。スーパーの開店と同時に行き、人が少ないうちに帰ってこられる。激込みスーパーなので人が少ないのは本当によい。起き続けた結果の朝ではあるものの、朝であることに変わりはないから気持ちもはつらつとしている。やるぞ、という感じがあっていい。朝に希望を感じる方。
街路樹もよく見える。この街で見る2度目のハナミズキが咲いている。越してから花を見に行っていない。交通費をネックに感じてしまい、身動きを取りづらい。「わざわざふたりで800円かけて出かけなくても」とブレーキを踏んでしまう。この金銭感覚は心を死なせてしまうので、それなら歩ける範囲で見に行くようにしたい。
 
家にいる間はゲームをしたり夫と一緒にアニメを見る。今はブラッククローバー。ゲームやアンケートに答えながら、「アスタには魔人が乗り移るのでは」「アスタは初代魔法帝の血統なのでは(ジャンプだから)」などと予想する。たまにヤミ団長のすごい作画があるとわざわざ巻き戻して見せてくれるので真似して遊んでる。
その前に見ていたジョジョの奇妙な冒険5部ではトリッシュの「……そう、一味違うのね」で夫と顔を見合わせた。おしゃれすぎる。この作品は覚悟が決まっている人が多く、私の好みな成長をたくさん見られるので嬉しい。だいぶ好きになってきている。私も人生に覚悟を決めて生きたい。道路に小銭が落ちていても拾わない覚悟とか。
 
久しぶりにマニキュアを塗る。ささやかだけど気持ちが変わる。日々の中でこういうことを忘れないようにしたい。
 
■4月13日火曜
ルーンファクトリー4は無事にレオンからのプロポーズを断った。アーサーのときは可否の選択が2回できたけど今回は1回だった。アーサーだけ特殊なのかな。長らく詰まっていたルーンプラーナもなんとか第1層を終え、第2層でしっかり詰まっている。鍛冶レベル上げないといけなそう。
 
ブラッククローバーの白夜の魔眼編の話。
人間に転生していたエルフを退魔することに対し「退魔されたエルフたちはいなくなってしまうんだよね? それって悲しくない?」と言われる。中のエルフはどうなるんだろう、と思っていた矢先だった。「エルフたちは不法侵入してるから追い出されること自体は道理じゃない?」と返事。わけあってと言えど不法侵入していた者たちの命を奪うことは正当防衛が適用されるだろう。ひとりひとりの事情を考慮したい反面、そればかりしていては息が苦しくなる。でもあまりにもすべてのことを無視するのは暴力的だよなあ。
この世界の貴族、平民には嫌な奴が多すぎる。此度のエルフの急襲で嫌な人間(いい人間も)が死んでいき、図らずも魔法帝が目指した「身分差のない世界」に近づこうとしているのが皮肉だ。こういう嫌な人間が幅を利かせているのを見るだに人間っていない方がいいよなと実感する。反出生主義にも興味がある。その一方で自分がいつか子どもを産むだろう予感もある。
 
日本で出生前診断の認定施設を増やす方針らしい。夫に「出生前診断を受けて陽性だったらどうする?」と聞く。「えっ?! 吐いちゃうよ、考えすぎて」と言っていた。わかる。中絶することに決めたらすごく吐くと思う。
いつの統計かは忘れたけど日本で出生前診断を受け、陽性が出た人のうち8割が中絶するらしい。「女性の自己決定権は当然尊重されるべきだが、陽性結果に基づく中絶はそこに含まれない」という意見が障害者団体と、中絶の権利を訴えた女性団体の議論で出たそうだ。それはもっともな意見で、でも自分がいざ産むとなったらすごく悩むと思う(障害がある人を間近で見たり接したりしたわけでもないのに、漠然と大変そうだという気持ちで)。
学校の先生が「出生前診断は受けなかった。受けたらどんな結果であれ判断しないといけないから」とも言っていた。トロッコ問題と同じ。自分の中での結論はいつか出るんだろうか。未来の自分はいつでも、過去の自分を選択を信じるしかない。
 
■4月14日水曜
川上弘美の『東京日記1+2』を読み始める。あるのかないのかわからなさというか、定まらなさというか、水っぽさがあっていい。浮いてる人。すべて本当にあったのか、かけらだけあったことなのか。寝る前に読むのにちょうどいい。起きながら夢を見ている。
『仕事本』を読んでいて、初めての緊急事態宣言から1年経ったことを知る。前首相が「家で踊ろう」の波に乗ってすごいことをしてからも1年。『仕事本』の中でも触れている人がたくさんいた。緊急事態宣言とか蔓延防止対策とか、50年後とかに懐かしく思いたい。「あれなんだったんだろうね、でもきっと意味あったんだろうね」って言えるようになっていてほしい。生きていたい。
 
■4月15日木曜
早速日記のことを忘れていた。おちゃめだ。晴れたので洗濯物を干した。
「洗濯物を干した」という文は、直前の動作である「洗濯物を回す」も包含している。
例えば「食事をした」ではその食事がつくったものか外食なのかわからないけど、洗濯物だけはその前に「洗濯機を回したあとのもの」と決まっている。不思議な言い方だと思うのだけど、どこが不思議なのかはちゃんと言えない。
 
■4月16日金曜
朝からつみれをこねて汁物にした。柚子をつみれのタネに入れようと思っていたにすっかり忘れ、慌てて擦って椀に落とした。1回も味見をしなかったわりにおいしくできた。アニメ版ハンチョウを見てつくろうと思ったものなので、ハンチョウ汁と呼ぶ。
 
夫の通院に付き添う。毎回乗りたい電車を1本逃すが、ここ何回かは付き添いに成功している。
診察自体はすぐ終わる。持ってきた本を読む隙間もないほど。いつも綾小路きみまろの「テレフォンショッキングは相談2時間、回答5分」的な内容のネタを思い出す。
 
終わってから上野に牡丹でも見に行こうかと電車に乗り、あれよあれよと国立科学博物館の「大地のハンター展」に入っていた。催しに足を運ぶのは久しぶり。ふたりでああだこうだと言いながら見るのは楽しい。休みやすみで4時間弱いた。
ピパの標本を軽く見てから他のコーナーで詳しい解説を読み、指先を見に標本に戻った。この指先の触角? のようなものがあるとないとでは機能面が違うのだろうなあ。あんなちょっぴりしかない触角で。
カエルがたくさん展示されていたのがよかった。物販コーナーで「カエル事典あるよ、買う?」と聞かれるも、1万1千円なのでびびってやめた。この前10冊ほど買い込んだときの金額を1冊で賄おうとしている。現存する一番高い本って何なんだろう。
今回は当日券で入ったのだが、帰りに金券ショップで300円引きチケットが売られていたことを知る。次回は先に金券ショップを覗きたい。人は学び、後世に活かす。それが強み。そうして人類は成長してきた。こうやって文章に残すって他の生き物もできるのだろうか。文字を扱う生き物。
 
■4月17日土曜
朝からスウェットのままコンビニへ。ポテトチップスを買う。コンビニをうだうだ回る間にスーパーが開いたのでカップ麵やケーキも買う。付き合って半年くらいでやるレジャーを6年経てからできるのもいい。アイスを買うのを忘れる。
食料品を買いに行くとき、夫に「何かほしいものある?」と聞く。「アイスほしいな」「何アイス?」「ままならないアイスで」という会話がある。ままならないアイスは、「アイスを食べたい欲はあるけど、これだという希望がないので、何でもいいからお願いします」の意である。通年で夫が好きなものを買うときがあれば、私が食べたいものを買うときもあり、適当な新発売のものにするときもある。
結果、「ちょっと違ったなあ」というアイスでも「人生ってままならないなあ、でも明確な希望を出さなかったからなあ」で済むのである。買う側にとっては便利なシステム。仲間に「ままならないスナック菓子」もある。
 
■4月18日日曜午前
川上弘美の『東京日記1+2』を引き続き読む。「ともかく、おめでとう飲み会」いいなあ。何でもない日おめでとう、みたいな派手さがないのがいい。実際、なんでもない日はかなりおめでとうなのだけど。気持ち的に盛大には祝えない。
コーヒーでれてゲームでもしようかな。
 
おしまい

映画の感想とエンディングノート

■映画「花束みたいな恋をした」を見た。ムギが会社員になって今までいた文化圏から離れていくシーン。私も少し前まで好きだった文化圏に近寄れない時間が多かった。Twitterが基本のSNSになり、長くて全容を示したタイトルが流行るようになった。読む前から内容がわかってしまう作品群に圧倒されて、知らない人が下した評価の表面をなぞって知ったような気になっていた。
そういう人生は私がやりたいものではない。ちょうど先月から据え置きゲームに夢中になったり、本を少しずつ読めるようになってきた。ムギの姿はゲームに手をつけず、本が読めないままの私だった。
ムギとキヌの破局は(運命であることはさておいて)ムギの方がどうにかなったらもう少しましだったように思う。「僕が支える」だから「僕がキヌちゃんとの時間を守る、現状維持をする」だから「キヌちゃんのためにやりたくない仕事をしている」というロジックが嫌な癒着をしていて、ここがほぐれてふたりで協力できていればあるいは、と思ってしまう。
ムギが目指した「現状維持」も維持したいものがふたりの間で違ったのは大きい。ふたりの暮らしを守っていかないといけないし、同じ文化圏にい続けたい。苦しいときに苦しいと言える人がいないさみしさ。ひとりのさみしさよりふたりでいるさみしさ、とも劇中て言っていた。
 
■母と映画を見た帰りに100円ショップに寄って、エンディングノートのようなものを買った。
お金に特化したものでどこの銀行口座を持っているとかクレジットカードの締め日・支払日とかローンのことを書いておくノート。最近妙にエンディングノートに興味がある、かと言ってあんまり本格的なものも大変なので100円ショップくらいがちょうどよかった。
お会計をして母に「何買ったの?」と聞かれた。
「パスタ用トングとエンディングノートみたいなやつ」と言ったら「え! ちょっと見せて。……ママも買おうかな」とのことだったので追加で買ってきた。お揃いのエンディングノートを持つ親子。山吹色で豚の絵が描いてある「おかねノート」。
次の日銀行口座、クレジットカード、電子マネー、年金のページを書いた。記載の内容でわかるかどうか途中で夫に確認してもらう。書き進めてから印鑑のことを思い出し、それも書いた。「ここかここかここにある印鑑のうちのどれかです」という雑さだけど一切のヒントがないよりはいいだろう。
口座情報は8冊分にも及んだ。うち1冊は夫名義の共用口座なのだけど、それにしても多い。コロナウイルスの都合で出歩くのは厳しいけど、口座の整理はあらためてしたい。少なくとも休眠口座1冊、トラブルが多いメガバンク1冊は不要なので解約したい。メガバンクの方はクレジットカードのポイントが貯まっているはずなので交換方法も調べないと。口座のことは急いでいないけどあんまり取っておくのもなあ。ワクチン接種が早く始まってほしい。そうしたら気兼ねなく出かけられるのに。
 
エンディングノートを買った日、久しぶりに本屋に行った。この日は「花束みたいな恋をした」を見たことや、ポイ活で貯めたポイントがあったので「今日は買いそうだ」と予感していた。夫もちょうど外出していたので合流した。1時間半くらいぶらぶらして、ふたりで1万3千円買った。ポイントのおかげで4千円値引いてもらった。ありがたいことだ。
いろいろ買ったが一番よさそうなのはこの2冊。
 
加藤博子、呉智英『死と向き合う言葉 先賢たちの死生観に学ぶ』
内藤理恵子『正しい答えのない世界を生きるための死の文学入門』
 
いつでも死には興味がある。人生のテーマを「生と性」においているので、やはり死ぬことについて知りたい。
2冊ともちょっと高いのでどちらかにしようか悩んだけど、「本はあれば読む、なきゃ読めない」の精神で買った。あれば読むなら買っておく方がいい。逆におやつやジュースは「あれば食う、なきゃ食わん」のだから買うなの精神である。ダイエットには強い心が必要。
去年の夏ごろ、同じ精神で買った郡司芽久『キリン解剖記』を昨日読んで大変いい気分になった。やはり本は買っておく方がいい。同じ時期に買った本たちはまだこの1冊しか読んでないけど。どうして人間は買う速度と読む速度が一致しないのだろうか。でも一致したら本代が怖いことになるからいいか。積み本は積んでおけば漢方のように効いてくる、という誰かのツイートを今も心に置いている。
 
■あと6分で月曜日になる。まだ書きたいことがあるけど間に合わない。モンハンライズのあとからアップデートでエンディング追加方式はかなり嫌だなと思っている。映画途中までしかできてないからとりあえず公開するけどあとで完成したら無料で見に来ていいよ、ってのが許されるのか? あとインターネット環境がない人たちのことを無視しているように感じるのでやめてくれ~わざわざパッケージで買ってるんだから発売延期でいいから全部完成したもの売ってくれ~と思う。どうしてそうなっちゃうんだろうね。
 
おしまい
 

安心を得るためのインフラ

■ゲームの進捗。
モンハンライズを引き続き遊んでいる。慣れてくるとどんどんおもしさが増していく。なんでこんなにおもしろいんだろう。
フィールドに出ると基本的にモンスターが3体おり、1体と戦っていると乱入されることもある。今まではそれがすごく嫌で逃げ回っていたけど今作では全然気にならない。乱入されたら「来た!」とさえ思う。操竜もおもしろい。強い。
そういう「今までは嫌だったけど今作ではウエルカム」なことが多い。全然違うゲームみたい。採集にアイテムがいらないからアイテムポーチも軽いし、採集でポーチがいっぱいになってもベースキャンプで里に送れる。逆もまたしかりで足りないアイテムはキャンプから追加で持って行くことができる。村に荷物を送るだけの転がしニャン二郎とはなんだったのか。かわいかったのでいなくなってしまって少しさみしい。
ライズ発売後、ルールファクトリー4は1回もやっていない。ライズ急ピッチ部という部活が生まれ、とにかくクエストを回してストーリーを進めることに重きを置いている。うまい人たちと一緒だから進むスピードがとにかく早くて部活が終わるころにはぐったりする。自分のペースを保つことは心を保つことと同じ。知見を得ている。
 
■メンタル面を崩して夫が休職している。先日会社から「そろそろ休職手当て終わっちゃうよ~ごめんね~」と言われたのでどこに身を振るか考えている。
辞めるにせよ会社に籍を残すにせよ次の収入源が確保できるまで他の機関からなんらかの手当てがもらえないか、社保を任意継続するのと国保に入るのとではどっちの方が安いのか、などこまごま調べていた。調べた範囲ではなんとかなりそうなのであとは情報の信憑性を確認するために問い合わせ窓口を調べる。これを書き終わったら寝る前に調べようかな。
「僕が仕事辞めるとして心配じゃないの?」と聞かれたけど別に全然心配じゃない。もらえるであろう手当てがある、その手当てで固定費含む生活費の確保ができそう、生活費は今の予算で余裕がある、ふたりともそんなにお金を使うタイプじゃない。じゃあ心配なことってその手当てがもらえるかどうかだけじゃない? と思う。
手当てがもらえなかったらふたりでバイトでもすれば暮らしていける。本当ににっちもさっちもいかなくなったら頭下げて一時的にどちらかの実家に身を寄せたり、金銭面が整うまで各々の実家に戻ってたっていい。会社を辞めた瞬間に借金1億背負うとか夫と私の全身に毒が回って死にますとかだったらまた話は違うけど、そういうじゃないんだし、どうとだってなる。ふたりの命とからだがあるんだから。
みたいなことを言ったら「まじでメンタル強すぎ……」と驚いてた。こんなにメンタル強くてキュートな人と結婚できてよかったね。末代まで愛してくれよな、わはは。まあ本当はめちゃめちゃ危機的状況で、私が事の重大さを理解していなくて浅瀬で水浴びしてるだけかもしれないけど。まあそれでも何とかなるよ、生きてるんだもの。
 
■「生きてるんだからよくない?」という発想は私の太陽星座の特徴らしくて、結構捨て身だよなと毎回思う。これは条件が整うと「どうにもならないなら死んだらよくない?」に進化していくので生きていく方に目線を向けていく必要がある(私はすでにその考えは持っている)。
生きてるのはおもしろいからそうそう「じゃあもうだめだから死のっか」とはならないだろうけど、どんな状況になれば「もうだめだから」と自分が判断するのかはちょっと興味ある。自分が死のうとして死ねる人間なのかも興味ある。多分死ねないんだろうな、痛いと怖いから。それならスイスかアメリカにでも行って医療的幇助自殺とかするかも。でもそんなことするならそのことは最後に書いておきたいからやっぱできなそう。死ぬという一生に一度のことを覚えずには死ねない。
 
■上で書いた手当てについて、私も昔会社を辞めたときにもらったことがあったので調べるのは簡単だった。いろいろ調べた結果そこ以外にも助けてくれそうな機関があった。年金の支払いを延期させられることも知っているし、保険は社保の方が安そうということもわかった。ただ来年もこの状況が続くなら国保に切り替える方が安い可能性もある。
いざ退職となったときにどの機関が自分たちを助けてくれるのか、何の支払いを待ってもらえるのかをすぐに調べられるのはすごくいい能力だと実感した。そういうことを調べるのが苦にならないことも。
自由に使えるインターネットがあること、どんなワードで検索すればほしい情報を得られるのかわかること、微妙にクリティカルじゃない検索結果しか出てこなくても複数のページを読み込んで判断ができること、情報の信憑性や問い合わせ窓口を調べられること。それと「なんの疑問が解消されれば不安がなくなるのか」を明確にできること、これが一番大事。安心を得るためのインフラなのだけど、実際にそれらが整っているのは結構レアだと思う。
インターネットが開通していてもどうやって検索すればいいのかわからなければ難しいし、検索できても正しい情報じゃなければ意味はない。調べれば調べるほど不安が出てきてしまうのもつらい。最後のは病気のときになりがちな気もする。世の中には「病状をググるな、不安になるだけだから医者に行け」という歌もある。
検索の方法は経験を積んでいけばなんとかなるけど自分の不安どころだけは人任せにできないから日ごろから考えていくしかない。こればっかりは他人にはわからない。結局「知らない」から漠然と大きな不安になるのであって、知ってしまえば正しく怖がることができる。そう思うと知識は何よりも生きる糧になるなあ。
 
■朝になった。洗い物して洗濯物畳んで調べものして寝ようかな。昨日例によって15時まで寝てたのだけど、起きたら洗濯物が干してあって驚いた。超大感謝祭。どんどん理想的な生活になっていく。
 
おしまい
 

ルーンファクトリー4の進捗と、つまらなさに向き合うことの大切さ

■ゲームの進捗メモ。
ルーンファクトリー4はプレイして約3週間が経つ。引き続きルーンプラーナの第1層をうろうろしている。入ってふたつめの部屋ですでに大詰まりしているがクリアできるんだろうか。ゲートが潰してもつぶしても再生される。
サブイベントの方ではド本命のアーサーからプロポーズを受け、おろおろしながらも一度合意してセーブデータをつくったあと別データで拒否した(レオンのプロポーズイベントも見たいから)。断るときは心が痛んだ。アーサーのことをわざわざ嵐の中、落盤事故を起こしていまだ復旧していない洞窟に探しに行くくらい好きなんだから結婚したくないはずがない。そこだけはわかって、ほんとに信じて、と言いながらプロポーズを断る姿。プロポーズを断ったあとでも恋人関係は継続してくれる優しさと、申し訳なさと、「そんなに好きでいてくれてるんだ」という安心感で気分が悪くなった。
プロポーズイベント自体はすごくよくて、アーサーのことをますます好もしく思った。ただ連日続くイベントがプロポーズにつながるものだと思っておらず、突然終わりを突き付けられたようで燃え尽きた。一晩しっかり元気をなくした。プロポーズはこっちからするもの=タイミングをコントロールできるものだと思っていた。ビュッフェであと1時間食べられるつもりでいたら「もう終わりですよ」と急に皿を取り上げられるような気持ち。事故でからだの自由がなくなったり命を落とすときもこんな風に思うんだろうか。さすがに軽すぎるか。
二次元でも実際の恋愛沙汰でも好きになる男の種類が完全に一致している。つらい方向に大変な経験をしていて心優しく穏やかで頭のいい男。そういう男にべろべろに好いてもらうのは気分がいい。これに完璧に合致するのがアーサーだった。ここ数年創作コンテンツをちゃんと触っておらず、反動のように好きになってしまっている。早くメインストーリーを終わらせたい反面、ずっと終わらないでくれればフレイちゃんはアーサーとの甘い時間をすごせるのになあとだらだらしたプレイ時間になる。まあメインストーリーのクリアは少なくともあと1週間くらいかかると思うけど。ルーンプラーナが本気で難しい。攻撃力7千はないとだめですという知恵袋の回答を見て戦いてる。やっと魔法攻撃が1,300に乗ったところなんだけどなあ。
 
■「紗季さんってフィクション苦手?」と聞かれた。タイバニを途中から途中まで見ていて虎徹の性格がかなり苦手と延々言っていたときのことだった。むしろめちゃめちゃフィクション楽しんでると思ってたので驚いた。架空の人物に憤ったり好きになったりするのはフィクションを楽しんでいないとできないと考えているから。そして苦手な性格の存在は何次元で見ても苦手になるからその存在がフィクションかどうかは関係ない。苦手な性格の人は苦手だし、好きな性格の人はどんな媒体で見ても好き。シンプル。
 
モンスターハンターライズを買った。ワールドはやっておらずXX以来の新作モンハン。ワールドの要素をかなり継いでいるようで全然知らないゲームをやってる感覚。モンスターの探索や採集なんかかなり楽になっていて、今までの古き良きめんどうくささが消えていた。あのめんどうくささが好きだったのだけど。発売日に買ってプレイして、2クエやったら疲れて寝てしまった。
時代に取り残されるのって処理しないといけないけどすぐには覚えられない情報で脳がいっぱいいっぱいになってしまうからなんだろうな。新しいことをすぐに覚えられないからうまく手を動かせなくて、操作ミスが増えていらいらしたり疲れてしまう。今作で老後の自分を見た。次の日またいくつかクエストを進めて少しずつ操作にも慣れてきた。うまくコンボはつながらないもののおもしろさはわかってきたのでよかった。
不満があるとすれば3DSからスイッチになって使うボタンが増えたこと。8個は増えた。そもそもスイッチのコントローラーはボタンが多すぎる。人間の両手の指10本のうちボタン操作に使えるのはがんばって3本ずつの計6本なのに、ボタンを16個も使わせないでほしい。「iPhoneってどうして大きくしないの?」と聞かれて「画面なんていくらでも大きくできるけど人間の手の大きさは変わらないから」とジョブズが言った(らしい)話を思い出す。人間もあと2千年くらいしたら指が7本ずつになったりするのかな。
スイッチは1台でふたり遊べるという性質上、コントローラーの片割れだけでゲーム操作ができないといけないからボタンを増やさざるを得なかったんだろうとは思う。それは仕方ないとして、でもゲームの方ですべてのボタンを使う設定にしなくてもいい。設定でいくつかの操作を解除してようやく誤操作が減った。新しいものになじむのってほんとうに大変だ。若さってそれだけで大きな財産になる。
 
■ラジオで「日常のつまらなさこそが大事」という話を聞いた。毎日100点満点で暮らすって難しくて、「明日死ぬときに後悔しない生き方を」とよく言うけどそれって絶対無理じゃない? と思ってる。そんなこと言ったら毎日旅行しないといけないし、でも家で夫とゆっくりしていたいし、豪華なご飯を食べたいし、自分でつくった味噌汁も飲みたい。何かへの満足を取ったら何かへの物足りなさが出てきてしまう。だからすべてにおいて後悔しないって絶対無理。オレンジジュースを飲みたいし、コーラも飲みたいし、おいしいスープも飲みたいし水もたくさん飲みたい。全部なんてとても飲めない。
それと同じで毎日100%愉快におもしろおかしく生きるのってできないと思う。「あーあ、なんかおもしろいことないかな」って思いがおもしろさを生むから、つまらないことを毛嫌いしているとつまらない時間が増えていく。
最近の私はゲームに夢中で、1日のおもしろさがかなり増えてしまっていた。その分家事はしっかりおろそかになっている。さいわい夫が休職中で家にいるからご飯をつくってくれたり洗い物やごみを出してくれてなんとかなっている。これは本当にものすごく感謝している。ふたりとも同じ時間だけ家にいるのに家事の比率がこちらに寄っているなんておかしい、と思っていたのが完全に解消された。
家事はゲームに比べると全然おもしろくない。だけどさっきの話のとおり、そのおもしろくなさの中におもしろさのヒントってあるはず。毎日やるべき「つまらないこと」をきちんとこなして初めて見えてくるものがあるから、もう少し自分のことをコントロールしていかないとな、と思った。
そうこうしているうちに夫が起きてきて、やろうと思っていた洗い物をやってくれた。本当にありがたく、申し訳ないこと。まあでも今まで私も代わりにやってきたからお互い様か、とも思う。あんまり恐縮しすぎてもよくないので適度に感謝し、適度に自分の過去の功績も認めている。できていないことにばかり目を向けても建設的じゃない。
 
■すっかり朝になった。もう洗濯機を回してもいい時間だろうか。
 
おしまい