日曜日の朝

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4月25日~5月1日 「義弟エンド」を回避できてよかった

■4月25日日曜
ルーンプラーナ7階の、おそらくラスボス手前まで進む。4色の妖精が終わったところ。
ほたるび祭りをレオンと過ごす。朝一でアーサーに誘われたがすでに一緒に行ってあった気がしたので断った。本命を断る心苦しさ。
 
時間の使い方云々、とよく聞くが、時間は使えるようなものじゃないのではないか、と思う。
例えば川の中でたゆたうことを「川を使っている」とは言わないように、時間を「使う」ことは本当はできないのではないか。川の水はどこかに運んで他のものと組み合わせることで使うことができる。だけど時間はただすべてを覆い、そこにあるだけ。使う、使わないの範疇にない。
上流から激しく流れる川や下流を穏やかに流れる川や、いろいろな流れの川がある。時間も同じで、たくさんの人で盛り上がっている時間や個人の静かな時間がある。そのなかでどの川に身を置くかを決めることが私たちにできる時間との付き合い方ではないか。
という話を夫にして「深いじゃん」と言われる。流れのない川にいるので深イイ~と返してしまう。レバーを前に倒すジェスチャーもつける。
 
■4月26日月曜
ブログサービスcakesの人生相談コーナーで炎上。魚拓を読みげっそりする。去年あった炎上と遠くない内容。ご本人的にはよく書けたと評価できる回答なのだろうか。
その後旭川女子校生凍死事件と映画「SNS 少女たちの10日間」を見て親子で会話した記事を読む。またげっそりする。すべての子どもがしあわせであってほしいと常々思っているので子どもが痛ましい目に遭っていると本当に悲しくなる。やるせない。なぜあんな小さな生き物が虐げられないといけないのか。われわれ大人が愚かで、不甲斐なく、信頼のおけない存在で申し訳ない。
コロナウイルスが蔓延するなかで、入学式から卒業式まで子どもたちの行事をすべて奪っている。クラスメイトの顔も知らない授業を受けている子どもがいる。それなのに大人を満員電車に乗らせる大人や飲み歩く大人がいることに。子どもの弱みにつけこんでその肉体を買う大人がいることに。己の弱さから逃げて子どもを鞭打つ大人がいることに。
いつの時代でも子どもが一番しあわせでなくてはならない。それに対し大人は常に責任を取っていくべきだと考えているので、子をなしたのに選挙に行かない人を見ると破滅的だと感じる(現状の世の中で子どもは完全にしあわせだと判断しているのかもしれないが。その人にとってそう判断できるならいい世の中だ、晴れやかなこと)。
 
選挙のことはさておき。炎上した記事のような相談を受けたらなんて答えるか夫と話す。
私は①あなたの友人が受けているものは(親からも彼氏からも)虐待であること②しかるべき相談窓口の連絡先③友人は今の状況を本当に快く思っており、あなたが伸ばす手を跳ね除けるかもしれないこと、の3つは伝えるだろう。助ける動機は多くにおいてエゴである。
夫の意見で④友人を助けたいという願いは本当は「自分がその状況を見たくないからなんとかしてほしい」という自分のための願望かもしれないこと、も追加した。いい人と結婚した。誠実な人である。こういった相談が1件でも減ることを願う。本当に。
映画「SNS 少女たちの10日間」は内容の想像ができるので見たくないのだけど、子を産み育てようと思うのなら事実として見ておかないといけない。緊急事態宣言で休館している映画館が多いのでいつ行けるか。見たら絶対元気なくすんだろうな。だけど自分が女性の肉体を持ち、いつか産むかもしれない子も同じ肉体を持つ可能性があることを思えば見ないわけにはいかない。そんなことが平気で行われる世の中に産む、という覚悟が必要だから。
そもそも「少女たちの売春が問題になっている」のではなくて「成人男性人たちの買春が問題になっている」と報じられていないとおかしいよな。買う人いなければ売らないんだし。まあそれはそれとして。
 
子どもたちの将来を考えてげっそりすることがよくある。今回は立て続けに記事を読んだり、日ごろ思うことがあって強めにぐったりした。ので晩ご飯は夫に任せて少し眠った。
心底ぐったりしている様子に「紗季さんのそういうところすごいよね。優しい人だね」と言われる。「僕アフリカで毎秒何人の子どもが餓死しているって言われてもふ~んとしかならないから」「アフリカは私もふ~んよ、アフリカで産む予定ないし日本の子どもはほとんど餓死しないから」
優しさというか、弱い生き物が虐げられるのはかなりきつい。種が人間じゃなければ別にかまわない。人間の1個体に起こることは、何かが違えば自分が同じ目に遭っていただろうし、自分が産む子どもがそんな目に遭ってほしくない。つらいことがひとつでも少ない世の中で暮らしてほしい。生きるのっておもしれ~もっかい生まれてみて~、くらいのライトさで生きてほしい。そういう願いをいつでも持っている。だから生きるのが嫌になったらいつでも死んでいい。楽しい世の中にしてあげられなくてごめんねとも思うだろう。
 
子どもがしあわせに暮らすにはまずわれわれ大人のしあわせや心の余裕が必要だ。だからすべて、まだ遠い未来の話。かといってどんなに遠い話でも願わなければ叶わないのであって。ひとりひとりにとって不本意な道が、1本でも減る世界であってほしい。
大人ひとりひとりのしあわせに関しては風の時代と言われている今は適している時期なのかもしれない。人生を楽しむ大人が増え、ともなって余裕を持てるようになって他の立場の人のことを考えられる大人が増えたらいい。
 
まだぐったりしているので寝る。明日はルーンプラーナのラスボスに挑戦したいな。
 
■4月27日火曜
ルーンプラーナ7階のラスボスへ。やっぱりエゼルバードじゃないか(厳密には違う名前らしいがまだ名前を見る余裕がない)。杖の素材にエゼルバードのブロマイドがあるから出てくると思ったんだよ。さほど苦労なく倒し、ストーリーを完全クリアした。こんなもん? とちょっと拍子抜け。2戦目があると思ってがんがん回復してたのに。
次の日再度エゼルバードにトライし、しっかり死んだ。セイレーンでも死んだ。シアレンスの迷宮はレベル300のをクリアした。これから何しよう。とりあえず冬の畑で金の野菜を大きく育てる。
義弟にクリア報告、「義弟エンド(最後のダンジョン(1回目のレオンカルナク?)が難しすぎてクリアできなかった)」を回避できてよかった。ソフトの貸主である義弟はセルザウィードの具合が悪くなったあたりで結婚バグを起こして詰まったとも言っていた。その段階で結婚候補がいたことがすごい。私はストーリーしか進めてなくて全員の好感度を5にする依頼に苦労した。なおアーサーのみ好感度はぶっちぎりで高かった。
 
時間の話。25日の続き。
時間の使い方云々とよく言われるけど実際使ってるのって時間じゃなくてメンタルだよね、と。
時間が使える、使えないの範疇にないことはさておき、自分の肉体をどう動かすかって気持ちの問題でしかない。肉体をどう動かすかを時間の使い方と言い換えてしまうのは大げさに感じる。反面、彼らが時間を肉体のように使役できると考えているのだったらめちゃくちゃメンタルを鍛えた結果なんだろうなあとも。どのタイミングで何する、というのは反射なので(電車乗ったら本を読むとか)。
メンタルを制するものが肉体を制するし、肉体を制するものもまたメンタルを制する。
↑どうしてメンタルと肉体って組み合わせになってしまったんだ、メンタルとフィジカルとか精神と肉体にならなかった。
 
本を少し読む。川上弘美『このあたりの人たち』。あと1篇で読み終わるところでやめる。もう布団に入っていたし、読んだらすぐにメモをつけたいから。
今月はよく本を読めている。読書はまったくライフワークではないし、しなければしないで問題もないけど、やっていればおもしれ~と思えるのでいいな。ぬるい趣味。散歩も同じ。
 
■4月28日水曜
朝、洗い物ついでに花の水を換える。先日の法事でもらった仏花のうち、仏花っぽくない花だけピックアップした。
何年か前にネットで見た都々逸のことを思い出す。「仏花」が入っていて、夏の風景だった。どんな歌だったっけ。下の句の輪郭だけがおぼろげに見える。何を探しても見つからない。
「踏切をすり抜けていく妹の右の手首は仏花でだらん」みたいな歌。都々逸じゃないな、そもそも。短歌だった。
 
26日の日記を読み、めんどくせ~性格、と再度自覚。夫が好むアドラー心理学的に「人は望んでその性格になっている」とのことなのでこれも望んで維持している価値観なのである。
自分の価値観の重い部分と軽い部分があって、重さは子どもや女性関連に全振りしている。代わりに他はすべて軽いので塩梅よくバランスが取れている。人ふたりの一存(二存?)で新たな人格を持つ生き物をつくり出すっておそろしいこと、平然とはできないでしょう。
 
台所の窓に飾っている花のめしべかおしべかに、蜜のようなものがたまっている。蛇のように花弁の根元からしべが伸び、その丸まった先端に、極小さな1滴の蜜がついている。透き通って、全然甘くなさそう。雨粒みたいな液体。
虫も入らないこんな窓辺で蜜を出しても花のためにはならないだろうに。
 
夜アップデートされたモンハンライズをする。久しぶりに自分以外の剣士を見、尻尾が切れる速さに驚く。
やんわりと創作する。
 
■4月29日木曜
人生初の保険相談をする。住宅に関するもの。補償条件がいろいろあって、難しい。
 
引き続きやんわりとした創作。身近でも細々やっている人がおり、嬉しい。
12~15年ほど前にGREEでできた友だちと今も連絡を取っている。GREEからテキストサイトに移動し、Twitterに来た。何年かに1回程度会ったりLINEをする。ひょんな流れからたまに創作していることを知った。12年も前に知り合った人と今なお交友があることも、彼女が創作を続けていることも嬉しかった。
 
久しぶりに音楽を聴く。雨の強く、気圧の低い物憂げな夜にこんなにも似合う音楽があることを思い出せてよかった。
愛を歌うバンドや文章が好きだ。薄々としていた輪郭が整い、人に話すほどに自覚した。恋愛的な愛の歌も素敵だが、それよりも人間を愛する、ひとつの個人をひとつの個人として愛していく、ようなものが好きだ。あとは日常の美しさや、ふとした瞬間の心の動きを見たもの。世界って美しいよな、生きるっていいよな、とゆっくり頷けるようなもの。
以前占いで「あなたはこういう目的で生まれてきたよ」と教えてもらった目的がある。今になって納得する部分があって、生まれるときにすべてを決めてくるのは本当なのかなと少し思う。
 
■4月30日金曜
夫の通院日。付き添いに成功する。
昼食にそばを食べる。初めて入るそば屋では鴨せいろにすると決めており、注文。あたたかいそばは苦手だし、天ぷらは大仰だし、冷やしたぬきじゃ味気ないし、つけ汁があたたかいと嬉しいから。あと鴨せいろがおいしい店は他もおいしい、という判断基準。
おいしくない鴨せいろはたいてい鴨にレバーのような血生臭さがある。レバーは3大食べられない食材のひとつなので、毎回それなりの賭けをしていることになる。勝手に。
まれに本当においしくない鴨せいろに当たる。これに1,400円(税別)か~とへこみ、悲しい顔でぼそぼそ食べる。夫は私の顔がわかるので「大丈夫? 無理しないで。代わりに食べようか?」と声をかける。同時に「食べられないかもしれないものを毎回注文する心意気が本当にすごい。人生を楽しんでる」と感心もしている。
この日の鴨せいろはまあまあ。
店先にそば粉を挽く自動臼があった。臼には刷毛がついており、引いた粉を履き集めて穴に落とすためのものらしい。賢い小学生の工作みたいでいいな、と思う。
 
帰宅、洗濯。
冷凍庫の自動製氷機能が動いていない。ヘルプデスクに問い合わせつつ、夫の執念の切り分けにより氷ができても製氷皿が回転していない(氷はできるが下に落ちてこない)ことが判明した。修理を頼むにしても連休に入るので、ひとまず製氷皿に手動で水を入れてできた氷を手動で氷のたまり場に入れている。これぞ運用でカバー。寝てる間に新しい氷ができないことだけ難点。
 
小川洋子の『猫を抱いて像と泳ぐ』を読み始める。昔読んだときには感じなかった驚きや静けさがあふれていて、あらためてこの作家のすごみに圧倒される。
43ページから45ページ、マスターについて書かれたシーン。このページのすべての文字を私の墓石に彫ってほしい。あるいは戒名ということにしてもらえないかな。ひとひとりの性質をこんなにも雄弁に、過剰さもなく、確かな質感と手ざわりで端的に伝えてくる。この部分はいっとう特別な光を放っている。読むたび何度でも涙が出る。マスターの優しさ、大らかさ、思慮深さ、世界を見る目、チェスに費やしてきた時間。すべての存在のあり方を導くような文章。
 
美しいものの美しさを説明できるだけの言葉を持っていない。今まで己の思慮のなさに忸怩たる思いでいたけど、そこにある、すでに美しいものをどうして余計な言葉で装飾しないといけないのか。自分が美しいと感じるものをただ見てもらえれば、美しさは伝わるはずじゃないか。
これを表現からの逃げと取る人もいるかもしれない。「自分がどうしてそれを美しく感じるのか、なぜ心が動いたのか」は突き詰める方がいいと思っている。だけど人に伝える必要まではない。世界にはどうしても分かり合えない人がいる。真逆の価値観を無理に説くことはない。自分の心の在処や、飛んでいきたい場所を知るために、ただ自分のために言葉にできればそれでいい。
 
月末なので家計簿を締める。結果としてつつましく暮らしている。
 
■5月1日土曜
大事件である。駅の近くのATMが夏になくなる。そこの銀行では家関連でふたつ口座をつくっている。
家用口座ということは、毎月一度は入金の用事があるということでもある。だから家の近くにATMがある銀行に決めたのだった。
知らせを見たとき大変驚いてしまい、あまりの姿に夫が見ていたドラマを消して心配したほどだった。パソコンの画面を見せると夫もしっかり驚いて、すぐに近くのATMを調べていた。さいわいにして好きなラーメン屋の方にATMがあるようす。
かと言って遠くなることには変わりなく、散歩ができると思えばおもしろいけど、まさかこんな東京でATMがなくなろうとは。
ああ驚いた。人生用のスパイスを振られた気持ち。
 
夜、夫リクエストでイカのかりん揚げをつくる。2度目。学校給食で出たらしいのだが知らないメニュー。ひじきと豆とツナの和え物もつくる。和惣菜はおいしい。
 
おしまい
 
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