日曜日の朝

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5月9日~15日 ツルは絶対にビス止めしといてくれ

■5月9日日曜
夕方に外出する。いいのかなあ、と思いつつ2年ぶりくらいの街を歩く。
学生時代から10年以上使ってきたウォークマンの壊れが加速している。一晩かけて行った充電が、朝になるまでに放電されている。家を出て何を聴こうか選んでいるときにあえなく充電切れ。すでに値段を調べてあるが、使う機会が月1回あるかどうかなのに必要か? と足踏み。
 
せっかくの外出なので何かおみやげでも買っていきたいが用事が終わるのが20時。デパートはもとよりどの店も開いてない。
滅多に寄らない乗り換えの駅で「このへんでやってるお店知らないですか?」と声をかけられる。向こうのビルの裏手側ならもしかしたら、と返事。「会社の先輩とかでこのへん開いてるとか聞いたことありませんか?」とも言われ、なんとなく引っかかる。嫌な引っかかりなので忘れる。
家のまわりのコンビニをいくつか回る。どうせ夫が何も食べていないはずなので何かよさそうなものを探すも、さほどテンションが上がらず。自販機で500ml缶の三ツ矢サイダーを買う。
一応「何か食べた?」と聞いたら「朝から何も食べてないよ」と返ってきた。どういうからだのつくりになってるんだろう。「水は飲んだ」とのこと。蛍かよ。
 
クローブを撒いた2日後であるこの日、やつが出た。これから寝ようと、そろって歯みがきをしているときであった。寝室でスプレーを撒いたので寝るときずいぶん頭が痛かった。翌日クローブを撒き足すために先んじて机に置いておく。
 
おもしろいけどまだあまりピンと来ない人。おもしろいけど見たい風景ではないのかもしれない。
 
■5月10日月曜
クローブを撒く。すでにある場所に補強する形で撒く。いつもより多めに効いてくれ。
 
アプリトロパズルのサービス終了日である。義弟に誘われて始めるも難易度があまりにも嫌すぎてそのうちまわりの誰もがやらなくなった。あまりにも暇な時期があってまた始めた。夫のスマホでだけど。私のスマホには重すぎてまとも動かない。
サービス終了に伴う最終アップデートが終わってからログインしたら今までこつこつ貯めてきたコインが全部なくなっている。2万コインあったが。こんなことなら先にバッジに交換しておくんだった。コインがなくなることはみんな知っていたのか。
Twitterを見たところ先に何らかと交換しておいたと書き込みが並ぶなか、10万コイン消えた猛者もいた。10万は一段とへこむ。
 
今村夏子『星の子』読了。
映画版を見たことと、映画「花束のような恋をした」で何度か登場していたをきっかけに買った。
映画版のラストがあまりわかっていなくてどういう意味? いいラストなの? と夫と言いあっていたがやっとわかった。これはいいラストだと思う。
宗教2世への理解が浅いので、巻末対談で書いてあったようにここから抜け出たとしてちひろがどんな人生を送っていくのかわからないし、抜け出すことが本当のしあわせにつながるとは言い切れない。そもそもちひろが教団を抜けることだって周囲(親戚)の意見であってちひろ本人の意志ではない。もちろん入団時も。となると宗教2世が「自分の意志で人生を選ぶ」ってどこから始まるんだろう。
 
夜、『星の子』の流れで母が勧めてきたテレビ番組を見る。元宗教2世の人の話。昔はそれはそれはつらかったけどなんとか抜けて今は楽しくやっているよ、という内容なので安心して見られてよかった。
番組を見ながら親は子のしあわせを少なからず願って宗教を頼るんだなあ、と母にLINEすると「いやいや、あれは親が自分のためにやってるだけで子どものことは考えてないよ」とあっさり。よく考えたらそうかもなあ。連帯責任の強そうな教団だったし。でも自分がその宗教で救われたから子にも同じ救われ方をしてほしてやっているならやっぱり願いだと思う。あと世界の滅亡に子どもを巻き込みたくないから厳しくしていたのならやっぱり少なからず子のためなんじゃないかな。いやでもわかんないな、入信者が増えれば褒めてもらえるという理由なら自分のためだし。お母さん側の気持ちがわからないからなんとも。
番組VTRでお母さんは子が教団抜けて周りの人に無視されて鬱になっていたけど、あんな何年も信仰してまだその心の強さなのかとつい思ってしまう。
と言ってもネットで見かけた話で「長年患っている重度のうつ病患者に恋人ができて一瞬で鬱が治る」という事例を聞くと人との関わり(この例の場合はとくに求められる側に回ること)は精神の安定や向上に大きな効果をもたらす。ので件のお母さんが教団メンバーから無視されて鬱になるのもさもありなん。まあ子どもひとりの人生を差し出して得たものがそんな薄いつながりか、とつい眉をひそめてしまうが。自分が差し出せる以上のものは返ってこない。
 
自分のことを思い出す。
昔しっかりアトピーをやっていた。あせもと相まって間接部分はとくにひどく、医者の薬もさほど効かなかった。若干アレルギーもあり、母は食べさせるものも気にしないといけなくて、あれが効くらしいこれが効くらしいと聞けば買って食べさせた。アセロラジュースはおいしかったこともあって長く続いた。今は特別好んで飲みはしない。
母はいろいろ試して疲れたのだろう、ほどなくして薬をやめた。すると症状は落ち着いていった。「薬が強かったのかもしれないね」と治っていく腕や脚をさわって何度も言っていた。今ではアトピーがあったと言っても信じてもらえないほどただの皮膚になっている。
流れ的に完全に『星の子』と一緒で、薬をやめて症状が落ち着かなければ母もあるいは、と考える。人生の分岐はそこかしこに転がっている。
 
■5月11日火曜
医者の勧めもあって夫に運動させたい。何度か声をかけたり、散歩の提案をしたり、私が筋トレしているときに誘うときもあった。言えばするときもあるが確率は低い。自発的にはほとんどしなかった。先週私が一時保存コーナーの新聞を読みながらストレッチしているときに一緒になってやっていたのが最後。その前がいつかはわからない。だいぶ前だと思う。
私の気持ちでは運動は気分転換によいし、肉体と精神は深くつながっているので抱えているメンタル疾患にもよい影響があると思う。健康にも影響する。一緒にできればおもしろいし、怪我や病気の予防にもなる。かっこいいからだにもなるし、代謝がよくなればにきびも落ち着くだろう。なので運動してほしい。
もっと歳を取って運動が本気で必要になったときは運動自体がかなり億劫になっているから今よりも大変だし、なにより内科などによる指導を受けているならそれなりに重い病気や死が近づいているだろうし。若いうちからやってもらえたらと思う。
けど夫は運動に興味なく、何を言っても「え、運動? まあ気が向いたらね」くらい。もしくはふざけて少し動いて「運動した」などと言う。ほぼ小3の言動。
最初はあれこれ言っていたけど、夫は運動したくないし「する必要がない」と心から思っているんだなとやっと気づいた。
 
人の動機は「やらないといけないこと」か「メリットがあること」か「楽しいこと」の3種類ある。
やらないといけないことがあるなら人はやる。行政に何か提出するとか支払うとか受け取りに行くとか。他の用事の隙間を縫ってやる。やらないことで不利益を被るから。
メリットがあることや楽しいことは勝手にやる。無料クーポンをもらうとか使うとか。人と遊ぶとかゲームするとか映画を見るとか。自分にとっていいことだからやる、おもしろいからやる、それだけ。
夫にとって運動はそのどれでもない。やるべきだとは思っていないし楽しくもない。メリットも感じない。だからやらない。
 
やる気のない人にやれやれと促してもうっとうしいだけなので少なくとも運動に関しては言うのをやめる心づもり。
私も勉強に興味ない時代に親にやれやれと言われたときがあった。結局やらなかった。そういうときは何を言われてもやらないものである。自分で気づいて心が変わっていかないと意味や意義を感じない。意味や意義がわからなければ、よしんばやったとしても何も身につかない。
こちらは善意で言っているつもりでも向こうにしたら余計なお世話だし、暖簾に腕押しな態度が続けばこちらも嫌な気持ちになる(実際に今ここ。蔑ろにされていると感じる)。
自分が善意を言われる側に回れば「勝手な善意を断ったら勝手に不機嫌になられた」というのはかなり悪しきことである。交通事故と同じ。私はそういうことをしたいのではない。
そもそも「必要を感じない、今の人生で満足」と感じている人に同じアドバイスを何度も繰り返すのは「私の考えは正しく、あなたの今の人生は愚かだ、私の言葉に従って変わるべきだ」と言っているのと同義でもある。他人の人生を己の尺度で測って負の烙印を捺すことこそ愚かなこと。起業界隈の「人を導きたい欲」に近いものを自分の中にも感じて気持ち悪い。
 
だから本当は運動に限らず「こういうことしたら」と言うのを全体的にやめたい。起きたら、歯みがきしたら、トイレ行ったら、寝たら、水飲んだら、運動したら、外に出たら、本でも読んでみたら、たまには友だちと会ったら、画面見ない時間もつくったら……。いちいち大きなお世話だよなあ。
必要なのはアドバイスすることではなくて、「こういうことをやりたい」と言われたときに「いいじゃん、やってみなよ」と言うことだけなんだろうな。
 
ともなって、人に期待することもやめたい。思い通りに動いてくれるだろうとか、不要な欲だ。他人の人生はエンタメではない。
他人の人生にアドバイスしていい気分になってる暇あったら自分が筋トレして健全な肉体をつくれよって話。
 
そもそもこんなにいろいろ言いたくなるのは生活のすべてを見てしまっているからであろう。
例えば遠方で滅多に会わず、連絡もまめにしていない人にああしろこうしろとは言わない。何してるか知らないし、こちらの見えないところでやっているかもしれないし。
夫の場合は基本的に同じ部屋におり、何をしているかがすべて見える。だからその生活を暴力的なまでの乱雑さでジャッジしてしまえる。行動だけ見たとしても思考まではわからないのに(まあ行動はほぼ思考だけど、一応100%ではない)。なので手っ取り早く何か言うのをやめるには部屋をわければいい。大掛かりなのですぐにはできないし、やるべきかもまだわからない。でもわけてもいいのかもなあ。
 
夜中にゼラチン消費のために800mlのコーヒーゼリーをつくる。
おいしくできてほしい。たくさん食べてほしい。こういう期待はどうしてもしてしまう。許されたく、実現してほしい期待。
 
■5月12日水曜
夫が貸してくれたお金の本を読んでいる。どの本でも書いてあることは同じで「有り金の中で暮らせ」「投資しろ」「借金するな」の3つ。実際まじで大事なこと。ほんとそうだと思う。
 
クローゼットの見直しをする。服をとにかく楽にしたい。適当にぱっと取ったら大丈夫になりたい。
服の処分をする。すでにあるものとほぼ同じなワンピース、骨格診断的に向いていない上に1年以上着ていないワンピース、2年ほど履いていないアンクルパンツ、あまりテンションが上がらなくなったロングカーディガンの4着。着倒した部屋着は夫がもらってくれたので渡した。もう着ている。前まで自分が着ていた服を他人が来ているのは不思議な感覚。
 
服を整えるために中のものを紙に書き出して、目指したいテイストに対してあと何を補充すれば足りるのか考えたい。気に入ったものがあれば色違いでそろえてなんとかしたい、いわゆる制服化を図りたい。カジュアルでシンプルでオーバーサイズ気味に着たい。でも骨格ナチュラルにシンプルは茨の道である。とにかく重ね着でなんとかしていかないと。
年内目標で服を整えたいな。通年で何着あれば足りるだろうか。無印にでも行くか。
 
昨夜つくった800mlのコーヒーゼリーは「おいしい! お店のみたい!」と夫が大喜びで食べていた。期待は叶えられた。いい気分。
 
■5月13日木曜
当面使わなそうなアクセサリーパーツを売ることにした。何枚か写真を撮る。
夜に2点出品したところ早速ひとつ値下げ交渉が入る。手数料や送料で買ったときの値段から1,500円近く引いての販売になりそうだが、目的は利益を出すことではなく処分することなのでよい。そもそも半分くらい使っているものもあるので定価のままでは売れないし。そのまま捨てたら0円のところ、何千円かでもらってもらえるならよっぽどいい。いそいそと包んで発送の準備をする。
発送の準備をしながら「希望よりもう少し高値で出品しておいて、値下げを打診されたら本来の希望の値段にしたらよかったなあ」とやや後悔する。毎回そうなっちゃうんだよな。でもそこで欲かいて半年買い手がつかないとなったら本末転倒。今までの傾向で入金されればそのことは忘れるのでさっさと発送するに限る。
「少しくらい残しておいたりしないの? 趣味でつくったりとか」と夫が言う。今はつくりたいものがないから持っていてもしかたない、それなら使ってくれる人にもらってほしい。もしまたやりたくなったらそのときほしい分だけ買えばいい。余分に持っていてもいいことは少ない。
 
手放せばその分新しいものが入ってくる、という風潮を信じている。
そのことについて考える時間が減れば他のことを考える時間が増えるから、結果として新しいことが始まるはず。今回もそれを期待する。どんな新しいことが入ってくるだろうか。
 
夫と一緒に見ていたドラマ「名探偵モンク」を見終わる。連続ドラマを最終シーズンまで見るのは初めてのことだ。見始めたのは途中からだけど。偉業を成し遂げたことには変わりない。トゥルーディの事件がちゃんと解決されて、よかったねえと言いあう。
 
足の爪が伸びてきた。5年前まで手足ともに深爪していた。1cm以上に伸びた爪なんてなかった。
手の方はあの手この手で伸びた状態を定着させたが、足の方はうまく伸ばせていなかった。無意識で触って切ってしまう。
去年から今年にかけての冬、寒さ対策として家の中で靴下を脱がないようにしていた。すると靴下を脱いで寒い思いをしてまで触りたいわけではないようで爪を触る時間が減った。ともなって爪が伸びた。春になって靴下を脱いでも意識して触らないようにしていたら触らないことが当たり前になってきた。コンプレックスは金か時間のどちらかを投入すればいずれなくなる。
『星の子』で赤ん坊のちひろが発疹を搔かないように手にミトンをつけられるシーンを思い出す。乳飲み子だったから利便性の高い手を隠しても大丈夫だったんだろうな。幼稚園児だったらこうはいってない。
伸びたおかげで足の爪を塗るのも楽しくなってきた。派手な色に塗るたび山田詠美の『放課後の音符』か何かで、遊んでいるようなはすっぱな同級生が足の爪だけは透明なネイルをつけているのを思い出す。「足の先くらいイノセントでいたいじゃない」というセリフのおしゃれさよ。
余談、『ジェントルマン』を読んで以来山田詠美作品を読んでいない。今まで彼女に求めてきた作風がここで大きく変わったような気がして、突然受け入れられなくなった。今までもそういうものを書いていて、たまたま読んでいなかっただけかもしれないけど。
この人の本で女性をレイプする文章を読みたくなかった。ちょっと東野圭吾の『白夜行』的な、ただの手段としてのレイプだった気もするからなおさらつらくて。シャキシャキとしあわせに満ちた明るい話ばかり読んできたからすごくショックだった。
いつかまた覚悟が決まったら読んでみたいな。
 
爪の話。手にマニキュアを塗ってもぬっても家事ですぐ剥げる。ジェルにするより他ないのか。オフがめんどうなのであんまりやりたくないのだけど。
ABジェルなるものが楽とも聞くけど削ってアルミを巻かないとけないのは変わらないようす。やっぱりHOMEIのウィークリージェルか。UVライトを奥底にしまっているから出すのが大変なんだよなあ。小型ライトでも買おうか。
 
■5月14日金曜
夫の通院の付き添いならず。メルカリの発送を夫に託し、久しぶりに家で寝てすごした。おみやげにアイスをもらった。
起きてから洗濯する。最近洗濯の仕方が悪いのか水の匂いを強く感じる。洗いを10分から15分、すすぎを1回から2回に増やしてみたらかなり軽減された。暑いくらい晴れてたから乾くのも早かった。洗濯槽の掃除をそろそろしないといけないなあ。衣服用漂白剤でできると聞いたけどどうなんだろう。
 
「お医者はなんて?」と聞いたら「コレステロール値が正常値の中にあるけどめちゃ低いからご飯を食べて運動しなって言ってた」とのこと。この間読み上げた高齢者の筋肉量低下スパイラルに陥ってる。完全に坩堝。どんな小さなことでもとにかく続けてやってみればいいのに。ていうかコレステロール値を下げろじゃなくて上げろって言われることもあるんだ。
ごちゃごちゃ言って無理矢理勧めるのはやめたいのでなるべく何も言わないように気をつける、すでにいろいろ言ってしまっているが。反省。
この食事しない→運動しない→おなかすかなくてまた食事しないというループは猫が死ぬときもそうなんだけど、もしかして緩やかに人生を終えたいのだろうか。新しい可能性が浮上してしまった。そうならどうしようかな、だいぶ嫌だけど私の人生じゃないからどうにもできないんだよな。私が嫌な気持ちにならないために嫌な思いして生きててとはとても言えない。嫌なことからは逃げた方がいいから。
 
リリィ・シュシュのすべて」というタイトルが昔から好きだ。なんとなく洋画だと思っていたけど邦画だった。しかも市原隼人さんの初主演作だそうで。wikiのあらすじが全然粗くなく、読んでから少しぐったりする。でもテーマ的にいつか見ないといけないんだろうな。藤原薫の「シュリ・リリィのすべて」がオマージュしてるし。
藤原薫は何が好きなのか自分でもわからないけど、新刊に気づくたびそのためだけに本屋に行く人。睫毛と唇の描き方が好きな人。タイトルがすべてツボに入る人。この人の描くドレス姿の女性が好きだ。布1枚のシンプルな、からだを見せるためのドレス。今そういうシンプルなドレスが好きなのはここ由来な気がする。
 
charaスワロウテイルバタフライを聴く。「このままどこへ行っても世界は夜を乗り越えていく」という歌詞が好きだ。「(望むと望まざるとにかかわらず)明けない夜はない」の中でもマイナス側の意味だと思っているが、こういう書き方もあるんだなあと思う。しなやかな言葉の並び。charaのこと好きなんだろうけど、まだCDを買う踏ん切りがつかない。
先週日曜のとおりウォークマンがほとんど壊れてしまった。家で音楽を聴くことも少なく、CDを買うことが自分の中でどんな立ち位置になっていくのかわからない。買いたいCDはたくさんある、何年か分溜まっている。でも買って、いつどうやって自分のために聴いたらいいんだろう。
自分のひとりの時間がないと文化はどんどん遠くなる。意識しないとなくなっていく。自分の中という小ささでも、世の中からという大きさでも。映画「花束みたいな恋をした」のムギの姿が心にあって、意識的に本を読んだりしている。文化は自分の心や価値観を守っていくもの。支えてくれた分支え返すべきもの。
 
「視界」の耳版ってなんて言うんだ。軽くググったけど該当する単語はなさそう。
 
久しぶりにルーンファクトリー4をやる。新婚モードを3人分。ついにアーサーをプレイする。なんで眼鏡キャラって眼鏡を外させられてしまうんだ。裸眼はサービスショットなのか。ツルは絶対にビス止めしといてくれ、外すな。頼む。眼鏡つきの方がサービスショットだから。
レオンの新婚モードでは金策が必要になって驚いた。初期所持してた装備品は全部売ったし、そこらへんから出てきた種も育てたし(土の大レベルが高くて助かった)、採石のためにハンマーを買ってダンジョン攻略もした。なんだかひとりだけ妙に大変だった。本当は足りてたのに余計なもの買っちゃってたのかな。でもジャマイカとフーインイカの時点で95,000Gだから金策必要だよなあ。まあレオンらしいっちゃらしいけど。いかにも金のかかる男よ。
 
ゼラチン消費のためにミルクプリンとコーヒーゼリーを400mlずつつくる。おいしくできているだろうか。
 
■5月15日土曜
何日かトライしている毛布の天日干しが全然できない。晴れているけど外の物干し竿を使うのに抵抗がある。
なんとか毛布を窓際に寄せて日に当てているが日当たり的にティッシュ2箱分くらいが限界。まあもういいか、と諦めて毛布をしまう。圧縮袋に入れたのに圧縮しないパワープレイ。南無三。次の冬まで無事でいてくれ。
 
持っている服の書き出しをする。喪服込み、インナー除いて23着。結構少ないのでは。どおりでクローゼットがすっきりしてきているわけだ。
書き出したことで買い直したい服や入れ替えたい服がわかったので近いうち買い物に行きたい。可視化するって大事。
 
本棚の整理。読んだ本をしまって読みたい本を出す。藤原薫の『夜の魚』と川上弘美の『おめでとう』。
昔好いてくれた男に『おめでとう』を買って渡したら「なんでこんなの勧めたの?!」と言ってきた。そんな本だったっけ、といまだに思う本である。どこにどんな感情でそう思ったんだろう。言いたいことがあれば直接言うのだけど。
 
この日記が週を追うごとに2千字ぐらいずつ増えている。何をそんなに書くことがあるんだ?
 
おわり
 
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