日曜日の朝

毎週日曜日朝8時30分ごろ更新。役に立つことは書けません。

5月8日~14日 「祝ジョジョ出演 ゴー★ジャス」と付箋

■久々の祖父の遺品整理・第11回。11回目ともなるとだいぶ終盤(だと信じたい)。タンスやソファなどの大物が邪魔で奥に進めない場所が出てきた。のでいよいよ遺品整理の業者を呼んで軽い見積りを取る。タンス類の中身は捨てたのでもうないと言ったら見積りが下がった。当たり前だけど処分する量が少なければ少ないほど料金は下がるんだなあ。
「これでもだいぶ高く見積もってます」と言っていた。自分らで捨てられるものは捨てて、少しでも料金を下げられたらいいな。でもその分交通費が向こうでの食費がかかるんだけど。バランスの取り方が大事。
その業者が「何か回収できるものがあるだろうから骨董屋に見てもらうといい」と紹介してくれた。今回は日程的に難しかったので次回来てもらうことになった。額縁1個50円とかで回収しているらしい。そんなにいいものはないだろうけど、捨てるだけのごみが500円にでもなったら嬉しいな。
 
■1回のごみの日に捨てる量が減ってきている。最初は45Lのごみ袋を30個出してもまだ家の中に10個残っている、みたいな状態だったのに、今では20個ほどしか出せない。資源ごみだって真夏に母と一緒に20往復以上していた。全部で何kg出しただろう。100や200では到底きかないほど出したと思う。
その重さの分、家がきれいになっている。どんな地味なことでも進めていけば成果になるんだなと毎度思う。その意味で遺品整理からは結構勇気をもらっている。最初期に片づけたところのタンスを動かして裏の廊下の片づけができるようになり、そんなダンジョンRPGめいたことも起きている。
牛歩でもいいし、やらない期間があってもいい。それでも続けてけば、きっと何かの形になる。それだけの期間を費やしてきた事実がいつか何かで自分の力になる。どんなことでもその気持ちで取り組んでいこうと思った。
 
■秋ごろには終わらせようか、と母が言う。手放す期限も(税金的に)あるし。とにかくやれるところまでやろう。次回は廊下を終わらせて膨大な食器にも着手しないと。4人家族でよくここまで集めたなあという量。こういう家を見ているとうちは気をつけようと強く思う。そのためにはものを増やさない習慣を今のうちからつける必要がある。
 
■片づけ中に三温糖や未開封のポリ袋が見つかったので持って帰る。超大量にある衣服用洗剤の処遇を決めあぐねる。詰替え用が2箱あるからなあ。捨てるのもなんだしなるべく引き取って使っていきたいけど、収納場所に悩む。押入れをもう一息きれいにして突っ込むか。わが家の押入れはまだきれいになれる。
 
■祖父の家の遺品整理が終わったら今度は実家の片づけが待っている。部屋数的にこっちの方が強敵。
 
■帰路で夫が欲していたからあげクンのタルタルソース味を見つけた。タルタルソース味を2個買うか悩み、チーズと一緒に1個ずつ買った。「リピあり?」と聞いたら「次はレッド買うなあ」とのこと。何事も経験。
 
■家に帰ったら夫が洗濯と買い物を済ませてくれていた。買い物は何がほしいか聞かれたので(細かいリストを渡した)知っていたけど、洗濯までしてくれているとは。「家出る前に洗濯のこと気にしてたから」やってくれたそう。気遣いが嬉しい。
 
■父が火事に遭遇したらしい。たまたま用事で家に帰る途中、倉庫のような建物から煙が出ていたらしい。様子をうかがってみると焚火ではなさそうで通報したと言っていた。消防車が来るまでそのまま待っていたら中年の女性が家から財布だか通帳だかを持って出てきたそうな。さすがの父も興奮してすぐに母に電話で知らせていた。母は最初、うちが燃えているだと思ってびびってた。横で聞いていた私もびびった。
この話、父はどんどん話を膨らませてしゃべるんだろうな。「中からおばさんが通帳から財布から何から何まで風呂敷に包んで出てきて」みたいな。
 
■掃除。風呂場と台所全体をやる。風呂場は排水溝のふた類を外して漂白剤にも浸けておいた、こすらずにきれいになるので楽。入居前からある黒カビをなんとかしたいのだけどカビハイター的なのを使えばいいのか。
 
■谷崎の『痴人の愛』を読んでいる。話の筋は知っているし映像も授業で見たけどちゃんと読んだことはなかったから。註解をめくりつつ読んでいたらある項目で「第十六章の語りで、このころから肉体関係があったことがわかる」と書いてある。ネタバレやないかい! 十六章の内容を九章(らへん)の註で書いたらいかんやろ。
と夫に言ったら「超有名作品だし今さら話の筋で読ませようとは思ってないんじゃない?」と言われてなるほど納得。「まあ僕は話知らないんだけど。どんな話? ネタバレなしで教えて」と続いておいっとなる。「『源氏物語』で言うところの紫の上みたいに、キャバレーでバイトしてる15歳の女の子を引き取って教育して、馬が合いそうだったら結婚してやろっかなと目論む男の話」と説明した。言いながら葵の上だっけと不安になりつつ。
 
山田詠美の『チューイングガム』(多分)の印象深い一説。
「日本の男は相手の女性にギブ・アップしない。ギブ・アップすればいいのに」みたいな部分。恋愛小説であること念頭に置けば、どう抗っても結局惹かれていくなら早々に抗うのはやめて楽になればいいじゃん、超好きになっちゃってるのを認めちゃえばいいじゃん的なことで、つまりプライドのことだと解釈している。最近このことをよく考える。恋愛だけでなく人生のあらゆる「決定」の根幹にあること。
前回の日記で「自分の役割を自覚することで人生の方向性が決まっていく。「定まっていく」の方が正しいかも。私はこの家の太陽であるし、夫を支える者であり、自分の人生を自分で切り拓く者でもある。私が私である限り、明るい未来が待っている」と書いた。
人生をよくしていくには結局「まず目の前のことに取り組む」以外ないと考えている。目の前のことに取り組むには「自分はこんなもんじゃない。自分ほどの人間が、こんな些末なことにかかずらう暇はない」というフィルターを外さないといけない。この「フィルターを外す」ことが山田詠美が書くところの「ギブ・アップ」の感覚なんだろう。プライドを捨てて「認める」行為。
まだまだこんなもんじゃないと思うのは結構だし、私も自分のことをそう思う。もっといろんなことができると信じている。でも、明日は今日の地続きでしか行けなくて、今日は「今この瞬間、この眼前にある時間」の地続きでしかない。今を飛ばして明日には飛べない。目の前のやるべきことを蔑ろにして将来の夢はつかめないよなあ。と思う。
 
■そこへ来て夫婦問題。
私の人生を総合して見れば、夫との関係が良好か否かは自分のメンタルに大きな影響を与える。それは夫から見ても然りであろう。であれば交際ほどなくから私たちの間に横たわる大きな問題を、いくら夫が「自分の問題」と言おうが、こちらからもできるアプローチで解消していく方がいい。夫の人生は私の人生に絡んでいるのだから。
一応先週から新しいアプローチを試していて、なんとなくよい効果があるのではと感じている。引き続き無理なく続けていく。難しいときは早めに言う。私は私にできる方法で夫のメンタルを整えていけばいい。ひいては私のメンタルが整うこともつながるのだし。
 
■「ギブ・アップ」は「諦め」とも言えるのだけど、悪い諦めだとは思いたくない。「自分はこんなこともできない。だからこれはもうやらない」ではなくて「自分には”まだ”これはできない。だからその前段階から始めよう」という前向きさがほしい。出典元の『チューイングガム』自体は結構ハッピーな恋愛小説だし。
 
■前にお会いしたスピリチュアル関係の人が言っていた。「現状がつらくて自殺しても、その問題が解決しない限り次の人生でもまた同じ問題に直面する。何度も。だからどんなにつらくても解決するしかない」と。スピリチュアル的に人が生まれてくることは「経験をしたいから」らしいので、さもありなん……と思うのだった。
 
■そんなこともあって人生の軌道修正をするのに「ギブ・アップ」していくのって大事だなと思った、という話。
 
■何度遠ざけても現れる問題とか考えがあれば、きっとそれは取り組むべきことなんだろうな。しょうがないね。そういうものに対しては諦めるしかない。
 
■出典の『チューイングガム』はこれ。『ラビット病』か? とも思う。同時期に読んでいたので混ざってる、でも多分前者。
 
◎『チューイングガム』

hb.afl.rakuten.co.jp

→新品がなかったので電子です。こんな表紙だったっけ。
 
ジョジョの奇妙な冒険第7部、『STEEL BALL RUN』を読んでいる。3巻にゴー★ジャスさんみたいな人がいたので「祝ジョジョ出演 ゴー★ジャス」と付箋しておいた。
 
おわり
 
↓よければクリックお願いします!

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村