日曜日の朝

毎週日曜日朝8時30分ごろ更新。役に立つことは書けません。

6月19日~25日 実家の猫が死んだ

■実家の猫が死んだ。この夏を越えれば満19歳だったらしい。いつまでも生きているのではないかと錯覚するような、強く、美しい猫だった。
明日(今日になってしまった)の暑い時間に火葬される。「紗季が家にいたころからずいぶん痩せたから、来るなら覚悟して」と言われた。最後に見た猫はふっくらし、艶やかな毛並みをしてた。
実家に向かう電車に3年以上振りに乗る。結婚してから一度も乗っていない。独身のときはデートの終わりにいつも夫が最寄り駅まで送ってくれていた。
家に帰るとたいていストーブの前や、かつての兄の定位置に猫はいた。ごちゃついた場所で丸まっているとただの黒い毛玉にしか見えなくて間違えて踏みかけることもあった。母は何度か踏んで謝っていた。机の下にいるとわからないんだ本当に。
元野良で、気位が高く、私にはさほど甘えず、外の雄猫たちにも負けない猫だった。私が抱くとなぜか曲芸のようによく伸びた。伸びたついでにするりと逃げるのが常だった。

■訃報は仕事のあと、なんとなく晴れない気持ち(情緒不安定の嫌いがあった)で店をうろつくうちに母から受けた。日ごろ家族LINEにまったく参加しない父が「大往生だったね」と一番に返信した。
父はあまり猫との面識がない。辺鄙な土地に住んでしまったので帰宅時間が遅く、朝も早く、家の滞在時間が少ない。猫は「猫も目を見開くんだ」と感心するほど大きな目で遠巻きに父を見て、父は「お、にゃんこ。かまぼこ食うか」とテレビを見ながら声をかけた。多分父が猫を抱いたことはなかった(あとで母に聞いたら「抱っこしてたよ。帰ってくるたび寝てる猫を撫で起こして「寝てなねてな」って言ってた」とのこと)。
でも父は、母が猫を飼うことを文句を言わなかった。子どもが3人もいて学費がずいぶん必要だろうに。父は父なりに猫を可愛がっていたんだろうな、と思う。そして猫を通して家族のことも大事にしていたのだろう。

■突然実家に帰ることになり、夫はそわそわしていた。「いきなりお母さんが旅行に行って、お父さんとふたりで留守番することになった子どもみたいな気持ち……」と言っていておもしろかった。言いたいことは完全にわかった。
夫は共感能力の高さが仇となってかなり元気をなくしていた。おやげない。

小川洋子『いつも彼らはどこかに』読了。はからずもタイムリーな話。この人はずっと、もうないもののことを見てきたんだろうな。どれほどの勇気で取り組んできたんだろう。私にはそんな勇気はまだない。

■猫は段ボールの中にいた。母の膝の上で丸まりながら息を引き取ったらしい。多分そのときのままの姿で固くなっていた。そのおかげかどれほど痩せたかはわからなかった。生前の毛の艶やかさは失われていたしおなかに怪我をしていて包帯を巻かれていたけど、顔つきも柄も変わらず、ただ息をしていないだけだった。

■この度の猫が死ぬずっと前、猫は子どもを5匹産んだ。生後数日で死んだ子ども、人にもらわれていった子ども、外に出て帰らなくなった子どもなど様々だった。その中の1匹が、しばらく家で暮らしたのち、病気で死んだ。まだ若い猫だった。
母は泣き、「数年前に母が亡くなったときよりも悲しい」と言っていた。その意味が今は心からわかる。漫画『最終兵器彼女』の1巻を読むとき以上にティッシュを使っている。
猫は私が小学生から中学生のころに家に来て、結婚して家を出るまでの10数年、いつも家の隅にいた。箱の中、白い服の上、机の下、ベランダの手すり。寝ているところを父のように撫で起こすと「はあ?」だの「うるさ」だのと聞こえんばかりの鋭い目でこっちを見た。もう目は開かない。起きた猫を見て「おお瞬膜」と思うことももうない。

■そのような態度の猫だったが、家の者とそうでない者の区別はついた。遭遇頻度の高くない父のことも認識していた。
知らない者を見かけたら脱兎のごとく逃げた。隣人が、自分が名前を呼んで逃げなくなったのはここ数年だったなんて笑っていた。ちなみに母以外が外で声かけてもほぼ逃げます。
家の者はわかりやすくなつくポーズはなかったものの、撫でたら満更でもなさそうに目を細めた。
猫に会うのは3年以上振り。覚えてくれているだろうか。忘れてていいから生きててほしかったな。

■3年以上振りの実家はずいぶん変わり果てていた。私の背丈ほどの服の山の向かいに私の座高ほどの新聞の山がある。その谷あいで小さくなって母は寝ていた。本当に化石でも出てくるのではないかと胸膨らむ地層もある。
祖父の遺品整理が終われば実家の片付けと話していたが、同時平行で進めてもいいぐらい緊急性が高い。帰宅当日は夜だったし母のいろいろな話に相づちを打つ必要があって何もしなかった。火葬までにやれるだけ片づけておきたい。とにかく手を動かさないと進まない。手を動かせば少しずつでも進んでいく。
祖父の遺品整理を一緒にやるのは親孝行の一種としてやっていたが、実家の片づけは毛色が違うように思う。なにか「救助」とかそういうジャンルの。

■「片づけはマインドが9割」とこんまりさんは言う。母がこぼすいろいろな言葉を聞くとその通りだなと実感する。その家に住むものの心が変わらなければ家は何度でも荒れる。母はどうなるだろう。

■でも母は母なりの片づけを進めている。一度全部出して選別する行程の途中にいる。だから今の状況について悪いことを言うつもりは一切ない。私にできるサポートをしていくだけ。

■予定では最近の下らない話を書く予定だったのだけど。思いがけない展開が起きて驚いてしまったな。

■今猫を焼いてもらっている。好きだった鰹のお刺身も一緒に焼いてもらったから、向こうについたら腹ごしらえするでしょう。
最後にきれいなおくるみに包んでもらって、花束も抱いていて華やかだった。死後時間が経って、どんどん腐敗も進んでにおいが出てきて、黄色い体液がおくるみを汚しても、それでもやっぱりきれいな猫だった。

おわり